話すことも目を合わせることも許されない10日間が私に与えてくれたものは、究極の孤独であり自分を観察する旅でした。

ヴィッパサナーは、インドの最も古い瞑想法の一つです。心の手術とも呼ばれ、鋭く研ぎ澄まされた意識によって、心と体が変化する性質を観察します。瞑想は学問ではなく体験です。是非皆さんにも体験してほしいのですが、10日間のプログラムに参加するのはなかなか難しいと思うので、私の実体験からヴィッパサナーをご紹介しようと思います。

まずヴィッパサナーでは、たくさんの禁止事項と絶対に守らなくてはならない5つのシーラ(道徳律)があります。

  1. 生きものを殺さない
  2. 盗まない
  3. 性的な過ちを犯さない
  4. 嘘をついたり、トゲトゲしい言葉を使わない
  5. 酒類や薬物などを摂取しない
  6. 他にもメモや読書も禁止、お香やお数珠、ヨガ、接触、身体運動、音楽、撮影、歌う、踊るなども禁止されています。

なぜここまで徹底するのかというと、修行を完成させるための強い意志が必要だからです。ヴィッパサナー瞑想に集中する為、余計なものはまず持ち入らない。心の手術をするために必要なことだったと実感しました。

ヴィッパサナー瞑想
jun xu//Getty Images

1日10時間以上の瞑想は朝の4時の鐘で目覚め、4時半から座り始めます。そして夜9時半の消灯まで食事以外の時間はすべて瞑想をします。私は想像以上に足が痛くなりました。

しかし、6日目を過ぎたあたりに座り位置や頭の置き場所が定まり楽に座れるようになったのも事実です。

ヴィッパサナーについて具体的に方法を伝えること自体が禁止されているため、ここでは私が感じたヴィッパサナー瞑想でしか体験できない特別な感覚をお伝えします。

まずは、「Noble Silence(聖なる沈黙)」を10日間も貫くことは非日常であり特別な体験でした。外部との接触を断つために、携帯電話は初めに預けました。参加者同士のコミニュケーションも禁止、目配せや、お辞儀、ジェスチャーもない、まるで1人で参加しているかのように振る舞うことを求められます。しかし個室の部屋があるものの、トイレやシャワーは共同空間にあるし、ご飯を食べる時間は決まって男女別の食堂に集まるため1日完全に1人になることはありません。

初めての沈黙に戸惑いながらも、不思議なことに1日目から、他者に言葉をかけずに暮らすことに心地よさを感じました。普段の生活の中で他者をここまで堂々と無視していいことはなかなかありません。

この聖なる沈黙は、体の沈黙にはじまり、言葉の沈黙、そして最終的には心の沈黙へと続いていきます。私が期待していた完全な静けさはそこにはありませんでした。うるさいほどの虫の声、風の音、雨の音、時に雷が鳴り、厨房の生活音、そして隣の部屋の人の足音、そんな音に囲まれながら、自分の内側から始まった沈黙がやがて自分自身の行動の変化を生むことに気がつきました。私は自分が立てる音で他の参加者の瞑想に迷惑がかからないように、できる限り全力で沈黙を守る行動をとっていました。足音や息についてここまで繊細に気がついた状態になれたのは、聖なる沈黙のお陰でした。沈黙がなければ雑踏にすら気づけないこと、自分の内なる沈黙によって他者の沈黙を大切に思えることに気づけました。長い長い沈黙を体験してこそ、真の沈黙を体感しました。

次に、ダーナという概念はこのヴィッパサナーを体感するにあたってとっても大事な概念です。ダーナとは、サンスクリット語で奉仕や寄付にあたります。自分が得たよきものを他の人と分かち合おうとする精神で、自己中心的な考えを断ち切る助けになります。

この施設自体がまずすべて寄付(ダーナ)によって運営されていること、食事の給仕もサーバーと呼ばれるボランティア(ダーナ)によるもの、参加者の修行をサポートしてくれるマネージャーもボランティア(ダーナ)。さらに参加費も寄付(ダーナ)でしか受付していません。これほどに徹底してダーナを体現している空間で、瞑想の修行に打ち込めるのは、誰かが以前に施したダーナのお陰です。今まで参加した人たちが、次に参加する人たちにもこの素晴らしい体験をしてほしいと願い、ダーナを行ってきてくれたからこそだと伝わってきました。

そして食事からもそのダーナの精神が伝わってくるのです。参加者の瞑想修行がうまくいくことを切に願い、丁寧にカットされた野菜の筑前煮。沈黙だからこそ、お料理の丁寧さや包丁の入れ方から思いやりを感じ、何度も涙しながら頂きました。言葉によるコミュニケーションが絶たれたゆえに、生活を観察することが増え、感覚がどんどん繊細になっていきました。

そしていただいたお食事はとても美味しかったのですが、けれど贅沢なものではないし、印象的なものでもない。一見、普通のご飯でした。

後にサーバーとしてダーナをしたことがあるという料理人の知人に聞いたのですが、

料理人である彼女は美味しいものを出したいという一心でお料理をしていたら、奉仕者の心得として「それはあなたのエゴです。修行者さんたちをお料理で刺激するような食事ではなく、修行の為の食事をお出しするように」と教えられたそうです。

ここまで徹底して修行の成功のみを願い、多くの方にヴィッパサナーを伝え続けてきてくれたことにとても感謝しました。たくさんの人のダーナを受け取り、10日間を乗り越えました。

瞑想の時間では、体の一つ一つの細胞を観察しエネルギーの流れを観察しました。湧き出ては、消える感覚に意識を向け、無常を体感します。それは、「無になる」のではなくて、無常、何一つとどまることなく現れては消え、現れては消え、繰り返す事象を観察することで、無常を体験することでした。

そして、10日間の合宿を終え携帯を受け取り、電源を入れた瞬間、眩しくて目を瞑りました。京都の街へ降り立った時は、情報量と資本主義の作り出す街の空気に圧倒されました。ダーナによって成り立つ瞑想センターは資本主義からも逸脱した特別な空間だったことを思い出します。京都、四条の雑踏の中で私は内なる静けさを呼び起こしたのでした。

ヴィッパサナー瞑想について詳しくは、日本ヴィッパサナー協会の公式サイトをご覧ください。
https://jp.dhamma.org/ja/

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佐々木依里
瞑想家、マインドフルネス指導者、環境活動家、モデル

 瞑想家、マインドフルネス指導者、環境活動家、モデル
11歳から瞑想と環境活動に興味をもち独学やお寺で瞑想を始める。現在は瞑想会の開催やマインドフルネスの指導者として活動。
また環境省森里川海アンバサダーとして環境活動家としてプラスチック問題に取り組む。
心の平和=地球の平和を目指しインスタグラムで精力的に瞑想配信中。
インスタグラム:www.instagram.com/erisasakimeditationjourney/