「失恋で死ぬことはある?」朝まで眠れなかった人たちは必死の思いでグーグルに質問を投げかける。この質問は、その中でも特に重め。愛が砕け散ったときの胸をえぐるような痛みには、酸いも甘いも噛み分ける老夫婦でさえ同情したくなってしまう。でも、その感情的な痛みが身体的な痛みをもたらすことはあるのだろうか? イギリス版ウィメンズヘルスから見ていこう。

失恋に身体的な痛みが伴うのはなぜ?

米ミシガン大学感情&セルフコントロール研究所のイーサン・クロス博士によると、私たちは昔から、拒絶されたときの気持ちを体の痛みに例えて表現してきた。「でも、『あなたは私を傷つけた』というようなフレーズが単なる隠喩じゃなかったら?」と語る博士の研究結果は、それが隠喩じゃないことを実際に証明している。

2010年、クロス博士のチームは失恋したばかりの被験者40名を2つのMRI検査にかけた。1つ目の検査では、被験者が自分を振った人の写真を見た上で振られた瞬間のことを考えるよう指示された。2つ目の検査では、被験者が左の前腕に軽度のやけどを負わされた。

その結果、驚くべき事実が判明。通常、私たちが身体的な痛みに感じると、それに応じて脳の視床、右頭頂葉-島皮質、背側前帯状皮質が活発化する。ところが今回の検査では、被験者がやけどをしたときだけでなく、別れた恋人の写真を見せられたときにも、これらの脳の領域が活発化していたのだ。

この理論を検証した研究は以前にもあったけれど、そのときは、体の痛みと心の痛みで脳の同じ領域が活発になることはなかった。でも、この過去の研究で用いられた“拒絶”は失恋ではなく、オンラインゲームの仲間に入れてもらえないという“刺激”の弱いものだったから仕方ない。

「あまり強く拒絶されると、本来は身体的な痛みだけに反応する脳の領域が活発化します」とクロス博士。つまり、思いきり拒絶されたことによる心の傷は本当に痛むということ。

最近の研究結果は?

2021年6月の行動神経科学専門誌『Frontiers in Behavioural Neuroscience』に掲載された脳の画像検査によって、失恋に伴う気分の低下は“実行機能”(記憶力、時間管理、物事をまとめる能力、自分をコントロールする能力を含む一連のメンタルスキル)に影響を及ぼすことが分かった。

この研究では、過去6カ月以内に失恋した被験者71名と交際中の相手がいる被験者46名がさまざまな認知的作業に取り組み、その間の脳の状態を研究チームがスキャンした。

すると、失恋したグループの脳では記憶の想起(呼び出し)に関する領域の活動が低下していた。でも、このグループは感覚情報処理の作業で高い正確性と反応の速さを見せていた。もしかすると、急性の強いストレスは感覚情報処理能力を向上させるのかもしれない。

失恋が体に与える影響は他にもある?

痛ましい失恋直後の体内では、さまざまな生理学的プロセスが展開される。まず、失恋した瞬間に副腎からコルチゾールとアドレナリンが勢いよく分泌されて、血圧の上昇や動悸、口の渇きを引き起こす。

2人が付き合っていた頃の写真を見ると泣きたくなるのに、なぜか目をそらせないのは、血液が脳の快楽中枢に流れ込むから。

血液は、痛みを引き起こす脳の2つの領域にも送られる。このような非常事態に左前頭前野が混乱し、活発化するわけだけれど、この左前頭前野は物事を再評価するという大事な機能を持っていて、私たちに「別れてよかったのかもしれないよ」と言ってくる。

その頃には神経系もストレスで参ってしまい、消化が滞るため、あなたは食欲を感じなくなる。そして、ストレスホルモンのコルチゾールは肌に余分な皮脂を蓄積させる。

心臓では何が起こる?

失恋は英語でブロークンハート(壊れた心臓)と言うけれど、実際に失恋で心臓が壊れることはあるのだろうか。“たこつぼ心筋症”は失恋によって引き起こされる心臓発作で、“ブロークンハート症候群”とも呼ばれている。

「“通常”の心臓発作は、心筋に血液を供給する冠状動脈が閉塞することによって生じます」と説明するのは、ブロークンハート症候群の研究を何十年も率いてきたアレクサンダー・リヨン博士。

「それに対して、たこつぼ心筋症は、アドレナリンの分子センサーがもっとも集中している心筋の下部を麻痺させます」

ブロークンハート症候群は、胸部の痛みと息切れを引き起こす。それが心臓発作につながることもあるので、稀とはいえ命取りになりかねない。この症候群が初めて報告されたのは1990年。そして、近年の研究により、その原因と仕組みが明らかになってきた。

一例として、2021年3月の欧州心臓病学会誌に掲載された論文は、脳の扁桃体(感情調節に関わる領域)にある神経細胞が活発になると、ブロークンハート症候群の発症が早まるとしている。

でも、あまり心配しないで。たこつぼ心筋症(TSS)が男性より女性に多いのは確かだけれど、心臓発作を経験するのは患者の3%未満と言われている。

ブロークンハート症候群から立ち直ることは可能?

「辛い経験は人を強くする(What doesn’t kill you makes you stronger)」というニーチェの言葉は、失恋にも当てはまる。

「通常の心臓発作では、心臓の組織に物理的な傷跡が残ります」とリヨン博士。「でも、たこつぼ心筋症では残りません。心臓(下部)が麻痺するのは、心臓という人体で最も重要な臓器を毒性量のアドレナリンが引き起こすダメージから守るためです」

そして、心臓にもマッスルメモリーがあるので、2回目は1回目より立ち直りが早くなるはず。

※この記事は、イギリス版ウィメンズヘルスから翻訳されました。

Text: Editor of Women's Health Translation: Ai Igamoto

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伊賀本 藍
翻訳者

ウィメンズヘルス立ち上げ直後から翻訳者として活動。スキューバダイビングインストラクターの資格を持ち、「旅は人生」をモットーに今日も世界を飛び回る。最近は折りたたみ式ヨガマットが手放せない。現在アラビア語を勉強中。