アルコールの過剰摂取が問題視される中で禁酒を検討する女性が増えており、絶対禁酒主義を女性のエンパワメントと結び付ける風潮が高まっているけれど、これは私たちが思うほど単純な話じゃない。その実情をイギリス版ウィメンズヘルスがレポート。

とある火曜日の夜、マンチェスターシティ北部の高層マンションで、ピッパ(仮名)はスマホの食料品配達アプリを見ながら、リースリング(白ワインの一種)のボトルを注文するべきかしないべきかで頭を悩ませていた。

ピッパが思うに、今夜の過ごし方は2つある。1つ目は、穏やかなプレイリストを聴きながら、コンソールテーブルで自己啓発系の本を読み、何かよいアイディアが浮かんだら書き留めるというもの。2つ目はアデルを聴いて、お風呂に入って、ワインを飲むというものだ。

「それでようやくワインのボトルを注文すると、少しホッとするんです」と32歳の管理会計士は語る。自分の欲望に屈するのは解放的。日中は仕事にかかりきりだから、夜だけは有効に過ごそうと思っていた。でも、それに背いて「飲むと決めると、それだけで完璧な従業員、完璧な娘、完璧な友達、完璧な女性でいようという自分に課した期待から少しだけ解放されます」

ピッパのアルコールとの関係は複雑だ。彼女は自分がアルコールに依存しているとは思っておらず、実際に数日どころか数週間でも数カ月でも飲まずにいられる。それでもやはり、大変な1日を終えたあとに白ワインのボトルを開けると、責任の重圧から少しだけ解放される。

2020年、パンデミックの行動規制で私たちは友達と気軽にワインを飲むことができなくなった。それ以来、自宅で手酌が習慣になっている人は多いけれど、ピッパだってバカじゃない。彼女にはキャリア上の目標があり、コラーゲンの減少、うつ傾向、乳がんの家族歴、加齢に伴う受胎能力の低下という問題もある。にもかかわらず毎晩飲むのは自分にとって害でしかないということにピッパ自身も気付いていた。だから彼女の白ワインは、自分で自分をダメにしている感覚や罪悪感、情けなさの味がする。

禁酒ブームの到来

今日の社会にはピッパのような女性が多い。かつて自由に飲むことは開放的な行為として捉えられていたけれど、最近は“フェミニスト”や“エンパワメント”という言葉を使って、アルコールは多くのシーンで女性の足を引っ張ると主張する人が増えてきた。

この主張は世間のニーズとも一致している。「禁酒」をキーワードにしたグーグルの検索件数は2022年8月に史上最高を記録して、フェミニスト作家ホリー・ウィタカー氏が設立した禁酒コーチングプラットフォーム『Tempest』は2020年に会員数が400%増加した。そして、アルコールとの関係を変えたい女性をサポートするコミュニティ『The Sober Girl Society』創設者のミリー・グーチは、需要の高まりを受け、ソバーキュリアスなイベントやバーチャルクラブ、大量のデジタルコースの提供で大忙し。

女性の飲酒量がかつてないほど増えている原因の1つは、世界人口の大半を飲酒療法に追いやったパンデミック。

英国政府の調査によると、2021年10月の時点で英国に住む成人の5分の1以上は有害な量のアルコールを摂取していた。これはパンデミックの影響で宅飲みの量が増えたからとされている。嗜癖行動学専門誌『Addictive Behaviors』掲載の論文によると、女性は男性よりも、お酒を使ってパンデミックのストレスに対処する傾向が強かった。

飲酒量の増加と並行して、あるいは飲酒量の増加の直接的な結果として活発になっているのは、飲酒がもたらす害を取り巻く議論。マスコミはアルコールを(本来なら回避可能な)リスクとして扱い、飲酒はメンタルヘルス疾患や皮膚炎の悪化、慢性疾患のリスク上昇、受胎能力の低下をもたらすと報じている。

ハリウッドではアルコールと不健全な関係にある人が取り沙汰される傾向にあり、『AND JUST LIKE THAT…/セックス・アンド・ザ・シティ新章』でアルコール依存症に苦しむミランダや、クリッシー・テイゲンの禁酒宣言が話題になった。こういうニュースを見ていると、アルコールと健全な関係を築くなんてごく普通の女性には不可能な気がしてくるけれど、実際はどうなのだろう。

アルコールと女性の関係性

ここで少しアルコールの歴史的な背景を見てみよう。1700年代にジンが登場し、労働者階級のモラルが著しく乱れて以来、飲酒は一般の女性と男性の“両方”にとって悪行とされていた。そして1800年代に入ると、女性はみな貞淑かつ従順であるべきというヴィクトリア朝の理念にあおられて、飲酒がますます“下品”な振る舞いとして見られるようになった。19世紀半ばには、お酒で家計を食いつぶす夫にウンザリした女性たちによる禁酒運動も行われた。

そして1920年代に入ると、若い女性が反逆行為の一環として髪を切り、短いスカートを履くと同時に飲酒を開始。酒類メーカーは“飲酒=カッコいい”というメッセージの広告をバンバン打った。英リバプール・ジョン・ムーア大学で飲酒文化と性差の研究をするアマンダ・アトキンソン博士いわく、1990年代以降は、右肩上がりの女性市場に多くのメーカーが参入を図る一方で、アルコール製品による意図的な“ピンクウォッシング”が行われているという。

『Tempest』を去って禁酒推進ポッドキャスト『Quitted』を開始したウィタカー氏も「女性たちは、子育て、仕事、身だしなみなどの責任に対処するためにアルコールがあるという考えを吹き込まれています」と説明する。

ウィタカー氏は、その現実に憤慨したのち歯向かうことを決意した。「お酒をやめる決意をするのは簡単でした。『こんな人生もうイヤだ』と思ったんです」と彼女は当時を振り返る。「土曜日の夜は友達と飲みに行き、ベロベロに酔っ払う。それをよしとする世の中にはもう従えないと思いました。大多数の人がしていることに逆らうのは大変ですが、これは自由への道でもあります。この状況から抜け出したいなら、自分が飲酒文化にとらわれていることを認識し、アルコールの摂取量を制限すること。いまの私たちは、社会の言いなりになるために自分自身を殺しているようなものですからね」

禁酒から2年後、昔からあるアルコホーリクス・アノニマス(AA)のような団体は男性向けに作られていることに気付いたウィタカー氏は『Tempest』を設立し、『Quit Like A Woman: The Radical Choice To Not Drink In A Culture Obsessed With Alcohol』を執筆した。2019年に出版された同書は禁酒を罰ではなく祝うべきものとして扱っており、クリッシー・テイゲンと『セックス・アンド・ザ・シティ新章』ミランダの両方にインスピレーションを与えたことでカルト的な人気を博した。

アルコールが心身に与える影響

アルコールが健康、もっと言うと体内のすべての臓器に悪影響を与えるのは明白な事実。飲酒は200種類以上の疾患と数千のケガに関連していて、飲酒が原因の死亡者数は全世界で年間300万人とされている。今年1月にはアルコールががんの直接の原因であることが証明された。

飲酒における性差は時代と共に縮まってきたけれど、女性は男性よりも少ない量を速いペースで飲むと言われており、その生理学的な影響が近年の研究で明らかになってきた。一例として、女性の脳のセロトニン神経系は過剰な飲酒が4年間続くだけでダメージを受けてしまい、その結果セロトニンの分泌が阻害され、判断や自制、感情調節に関与する脳の領域にも危害が及ぶ。これが男性の場合には、過剰な飲酒がプラス8年続かないと同じ変化が現れない。

「女性の場合は過剰な飲酒でホルモンバランスが崩れてしまい、生理不順や排卵障害が生じることもありますね」と説明するのは、グローバルな不妊治療クリニックNOW-fertilityの創設者で産婦人科顧問医のルチアーノ・ナルドー教授。「そうすると、不妊や流産のリスクが高くなります」。これが理由で世界保健機関(WHO)も、2021年6月に発表されたガイドラインの草案に「出産可能年齢の女性が妊娠を望む場合は飲酒量を制限するべき」という一文を付け加えた。ちなみに、この一文は完全な禁酒を勧めるものではない(各国のマスコミはそう解釈してWHOを激しく非難したけれど)。

絶対禁酒主義に潜む危険性

賢い女性は完全に禁酒するべきというウィタカー氏の主張は正しいのだろうか? 禁酒が睡眠の質や活力、体重や免疫力、ストレスによい影響を与えることは科学的に何度も証明されていて、このような研究結果に異論を唱えるのは難しい。でも、人間が体に悪いからというだけで何かをやめる生き物じゃないことは人類史が証明している。女性を奮い立たせるようなウィタカー氏のメッセージは、たしかに多くの人の心を捉えた。でも、絶対禁酒主義が最善かつ唯一のオプションであるという考え方は決して万人向けじゃない。

エミリー(仮名)は2022年1月のドライジャヌアリーを(本人の34歳の誕生日会があったにもかかわらず)余裕で乗り切り、活力と意欲に満ちていた。当面の間お酒は飲まないという自分の意思も周囲の人に堂々と伝えていた。

「でも、とある金曜日、友人宅で開かれるディナー会までに1時間ほど時間があって、オシャレなバーに入りました。そこで私は禁酒の誓いを破り、高価な赤ワインをグラスで飲んでしまいました。しかも、私はボトルを買って友人の家に持って行き、ほとんどを自分1人で飲みました」とエミリー。「翌朝、目が覚めてからは自分が恥ずかしくて仕方なく、あまりにも意志の弱い自分を責めました。金曜日に友達と何杯か飲んだだけですが、自分が設けた基準を満たせなかったという考えにとらわれてしまったんです。もともと維持することが不可能な基準だったにもかかわらず」

それからは飲むことばかり考えている。「あの一件を通して私は、さまざまなメリットのために始めた禁酒が一種の自分イジメになっていることに気付きました」。しかも、彼女を叩く棒は彼女が女性であるがゆえに大きい。「男性は、私たち女性と同じ強さ、同じ声の大きさ、同じ判断基準で、お酒をやめろと言われること(あるいは自分に言い聞かせること)がありません」

フィットネスコミュニティ『Ladies Who Crunch』の創設者でパーソナルトレーナーのナンシー・ベストも、禁酒のトレンド化に疑問を感じている。最近は顧客からアルコールがトレーニングに及ぼす影響について聞かれることが多くなった。「飲酒量を制限するのは間違いなくよいことですが、お酒を飲むことが“善”か“悪”の二元論(二者択一)になっていて、人々が飲酒量にこだわりすぎているのは怖いですね。もはや“クリーン・イーティング”の領域に入りつつあるような感じがします」。クリーン・イーティングは、一時的に流行ったものの、オルトレキシア(摂食障害の一種)を引き起こすとしてウェルネス業界から完全に干されたトレンド。「健全な妥協点はないのでしょうか?」

健全な妥協点

依存症を専門とする精神科医のトレイシー・マイトン医師によると、飲酒が習慣になっているなら、まずは自分に正直になり、それが依存症になっているかいないかを考えることが大切。「飲みたいという強い衝動を感じる、他のことより飲むことを優先する、有害な/負の影響が出ているにもかかわらず飲み続けてしまう、離脱症状が現れる、その症状を和らげるためにもっと飲むというのは、アルコール依存症の特徴です」

マイトン医師いわくアルコール依存症の兆候が見られるときは、突然やめようとせず、かかりつけ医に相談すること。完全に禁酒しなくても、健康に対するリスクを考慮して英国民医療サービスNHSが推奨する1週間で14ユニットの範囲内なら、“節度ある”飲酒をしていることになる。1週間で14ユニットというのは、ワインボトルで1.5本分、ビールで6パイント(イギリスの1パイント=約568ml)分、ジントニックで8杯分。「これを超えているときは減らすようにしてください」とマイトン医師。「毎週マックスの14ユニットまで飲んでいるという人は、1週間の中で飲酒量を分散させてリスクを最小限に抑えましょう」

ドライジャヌアリーやソバーオクトーバーといった一時的な禁酒期間が明けてから、いつも以上に飲むのもNG。「これではクラッシュダイエットをしてすぐリバウンドするのと変わりません。それよりも、1年を通して飲酒量を減らしたほうがいいでしょう」とマイトン医師。

もちろん、体重さえ管理すればアルコールと健全な関係が築けるというわけではない。The Chelsea Psychology Clinicの共同創業者で顧問心理学者のエレナ・トゥローニ博士は“内省”を強く勧める。「お酒を飲みすぎてしまう人は、ブロックしたい感情や避けたい感情にアルコールで対処している可能性が高いので、その感情の根本的な原因を特定することが大切です」

トゥローニ博士によると、リラックスするために飲んでいる人は、お酒に頼らないリラクゼーションの習慣を築くといい(パズルでもノンアルコール飲料でもポッドキャストでもOK)。また、アルコールでたまに自分を甘やかすだけのつもりが自分をダメにしていることに気付いたときは、その問題を身近な人(あるいは専門家)に打ち明けて。「アルコールとの関係が複雑な人は、自分自身との関係も複雑な傾向にありますからね」

試行錯誤の果てに

この記事の執筆時点で、エミリーはアルコールとよりよい関係を築くために、さまざまな“ルール”を試している。「私が思い付く中で一番よさそうなのは、普段は飲まず、本当に飲みたいときだけ飲むというルールです」

ピッパは平日の夜に飲むのと家で飲むのを両方やめた。ワインでストレスを解消したくなったときも、信頼のおける友人と翌朝のヨガ教室(ドタキャンの場合は罰金あり)に行くことで自分に責任を持たせている。ここぞというときのために14ユニットをセーブするのも意外と楽しい。

「誰かによいことがあったときくらいは乾杯したいですからね。それすらも許されない人生なんてイヤですよ」とピッパは語る。「もっと健康的で高潔な動機はあるのかもしれませんが、どっちみち女性の飲酒は社会的にギリギリ受け入れられている状態です。あとはアルコールと“完璧”な関係を築こうとして、自分にストレスを与えることがないようにしています。自分が大丈夫なら、それで十分ですからね」

※この記事は、イギリス版ウィメンズヘルスから翻訳されました。

Text: Lauren Clark and Roisin Dervis-O'Kane Translation: Ai Igamoto

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Lauren Clark

Lauren is a lifestyle journalist with digital and magazine experience. Find her covering all aspects of wellness - from fitness, nutrition and mental health, to beauty and travel. Morning HIIT, a lunchtime oat latte and evenings ensconced in a hyaluronic acid-infused sheet mask are her own personal feel-good pillars.

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伊賀本 藍
翻訳者

ウィメンズヘルス立ち上げ直後から翻訳者として活動。スキューバダイビングインストラクターの資格を持ち、「旅は人生」をモットーに今日も世界を飛び回る。最近は折りたたみ式ヨガマットが手放せない。現在アラビア語を勉強中。