当時28歳、キャリアも恋愛も行き詰まっていたと語るトリ・ベル。この気持ちを友人に打ち明けたところ、ジャーナリングと瞑想を勧められたことをきっかけに、ベルは職場で開催されていた週に1度の瞑想クラスに参加してみることにした。

そこで出会った瞑想のインストラクターと親しくなったベルは、“インナーチャイルド(内なる子ども)”という概念を初めて知ることになる。「当時の私の目標は、人生の目的を見つけ、自信をつけること。そして私が前に進むのを妨げていた過去の傷を癒すことでした」とベル。「初めのうちは、幼少期のトラウマや心に負った感情的な傷と向き合うのが難しかったです。恐れや怒り、悲しみなど、つらい感情と立ち向かう必要があったから。でも、それは私が前に進むために必要なことでした」

ベルはずっと、起業家になる夢を抱いていた。ライフコーチとインナーチャイルドを癒すワークに取り組んだおかげで、その後キャリアの方向転換を果たすことに成功した。2021年、ベルは多様性や平等を尊重する公正な企業構築にコミットする起業家やリーダーのためのメンバーシップコミュニティ「Inclusion Unpacked」を立ち上げている。

ただ、ここに辿り着くまでの過程は、ベルに限らず誰にとっても簡単で単純な近道と言えるものではない。インナーチャイルドワークはむしろその逆で、幸せと安心に対し一生コミットメントするようなもの。

インナーチャイルドワークとは?

マンハッタン在住の心理療法士のレベッカ・ソロドブニックいわく、インナーチャイルドワークとは、現在の情緒の不安定、不安、怒り、うつ、問題の悪化の引き金となっている幼少期のトラウマや若年期、成人期に体験した心の傷に対処するアプローチ。

トラウマに対処する際は、その大小に関係なく脳はサバイバルモードに入り、神経系が過剰に活性化し始める。インナーチャイルドワークは、過去が現在に影響を与えているという概念に基づいている。つまり、過去の傷が現在の仕事や人間関係、身体的健康を含め、人生のあらゆる面に影響を及ぼしているというわけ。大人になったうえでこれらに対処するということは、過去に満たされなかった傷や感情、ニーズを特定し、バランスをとり、それを表現する方法を学んでいくというもの。

さらにこの概念は、今の言動が過去の経験からだけでなく、幼少期に受けた言葉から派生している可能性も含んでいる。例えば、長年「私なんてまだまだだ」という信念を持ち続けている人は、自分の健康管理を蔑ろにし、自分に相応しいかたちで自分を大切にしない場合がある。「自分自身のメインテナンスは、自己愛のひとつです」と話すのは、『Author of Why Do I Feel Like This? Understand Your Difficult Emotions and Find Grace to Move Through』の著者でホープ・インターナショナル大学の心理学の教授、ピース・アマディ博士。「自分に欠陥があると思い込んでいたり、価値がないと感じているがために、いい人間関係やチャンスを掴む機会を自ら駄目にしていることがあるんです」

ちなみに、“いい”幼少期を過ごしていたからといって、インナーチャイルドワークが役に立たないということもないとか。「幼少期を無傷で過ごしてきた人なんて、誰一人としていませんよ」と話すのは、発達性トラウマや愛着による傷、解離を専門とする心理学者のトリッシュ・フィリップス博士。「完璧な親やケアギバーなんていません。トラウマになるほど大きな傷がないにせよ、両親が仕事や他の兄弟で忙しくしていて、あなたが本当に必要なときに構ってもらえなかった瞬間は誰にでもあるはずです」

ベルにとって、インナーチャイルドワークの大部分を占めたのは、幼少期に静かにしなさい、求めすぎてはいけませんよ、とよく言われて育ったことが、大人になった今にも影響していることを理解することだったという。このワークを進めていくうちに、ベルは自分の声に力を見出せるようになったと話している。「自分を制限していた信念を特定し、それを乗り越えたことで、自分のニーズや望みに対し、より意識を向けられるようになりました」とベル。「内気で臆病で、自分の意見を発言したり、変化を恐れていた過去の自分とつながることで、今の私にはもう必要のない古い思考パターンを手放すことができました」

インナーチャイルドを癒すには?

silhouette sad woman with rain clouds in head
Malte Mueller//Getty Images

癒しの手段としてインナーチャイルドワークに取り組むと決断することは、子どものような足で険しい坂を登るような感覚にもなるかもしれない。一人でもできなくはないけれど、ソロドブニックとフィリップス博士は感情との向き合い方をサポートしてくれるセラピストやカウンセラー、コーチ、サポートグループ、あるいは親しい親戚など、誰かと一緒に取り組むことを勧めている。神経の安定を隣で支えてくれるような“安心できる人”との繋がりなしに、自分の感情を整える方法を学ぶのはなかなか難しいから。

専門家と一緒に取り組むにせよ、自分一人で取り組むにせよ、インナーチャイルドをよりよくケアするための重要なポイントは以下の通り。

1. 過去に自分が必要としていた大人になる

インナーチャイルドワークの肝になるのは、満たされなかったニーズを特定し、若い頃の自分が望んでいた通りのやり方で問題を解決すること。初めのステップとしては、ソロドブニックいわく、「それは自分が気づいてあげること、耳を傾けること、思いやること、そして、自分がなにを必要としているかを自分自身に問いかけること」。つまり、現在の自分を通じて、過去の自分が得られなかったものを、今の自分が与えてあげるのだという。

セラピストと一緒に取り組む場合は、トラウマ体験や特定のニーズが満たされなかった当時、どう感じていたかを若い頃の自分に戻って具体的に想像するように指導を受けることがある。自分一人でもできるけれど、通常は内側から出てくる気づきや学びを健全な捉え方で理解したり、話し合える相手がその場にいることが望ましい。

若い頃の自分とつながるのが難しい場合は、同じ年齢の他の子どもを想像してみるといい。そして、その子にどんな声をかけるか考えてみよう。その子は今慰めを必要としているのか、なにかに怯えているのか、伝えようとしていることは何なのか。「自分を想像するのが難しい人もいます。彼らは自分に厳しいのです。代わりに他の誰かを思い浮かべることで、感情と羞恥心の悪循環が自分の中で繰り返されるのを防ぐのに役立ちます」とソロドブニック。

2. 子どもの頃から信じ込んできた信念と向き合う

個人の経験を要約する記憶や基本的な信念の多くは、家族や幼少期の経験から派生している。ソロドブニックいわく、あなたの核となる信念は、自己価値や大人になったうえでの人生の生き方に大きな影響を与えるもので、こうした信念の中には、「私は愛されない」「私はいい人間じゃない」「どうせこの人もいずれは私を見捨てる」「私は誰にも必要とされていない」など含まれている。

アマディ博士いわく、この部分に関してはメンタルヘルスケアの専門家の指導下でこうした信念を取り払い、新しい信念を学ぶ必要がある。取り掛かりとしては、あなたが他人に親切にしたことなど、事実に基づいた情報を集めること。そして、「私はあまりいい人間ではない」という基本的な信念がどこから生まれたのかに興味を持つことで、徐々に向き合えるようになる。フィリップス博士が言うには、事実にしっかり目を向けることで、「トラウマや恐怖、社会や家族、文化の規範に基づく固定化された信念」と「真実」の違いが見えてくる。「それに対して自分が疑問を持つことさえできれば、長年の信念と行動パターンが緩み始めてくることに気付けてくるはずです」

3.  遊び心を忘れない

インナーチャイルドワークにしても、その他のセラピーにしても、前に進むためには自分の幸せに焦点を当てることが大切。アマディ博士いわく、それがダンスやアート、ピックアップバスケットボールであっても、インナーチャイルドと関わりながら、あなた自身が楽しむことがなによりも大事。実際に遊び心を持つことで、心がより安定し、落ち着いた気持ちを維持しやすくなり、インナーチャイルドワークの途中でぶつかるつらい感情や信念にも向き合いやすくなる。

結局のところ、自分が望むことをする以外に、自分の幸福を追求する方法はない。「人は癒しを求めるとき、それを正しい方法でやりたいと思うものです」とアマディ博士。「計画を立てることが役立つ場合もありますが、遊びの本質は自発性と柔軟性にあるのです。その瞬間にあなたの気分がいいことに重点を置くことが大切です」

大人になると、予定を組んで生活を管理する傾向にある。たとえ事前に計画する必要があったとしても、それを単なるやることリストとみなすのではなく、楽しむ許可を自分に与えることが最重要。例えば、インナーチャイルドワークで週に1時間は「遊んで過ごす時間」を自分に捧げることにしたなら、その時間は自分への期待や目標(なにを達成するかなど)を一切持たずに過ごすこと。ただ、好きな曲に合わせて歌ったり、リラックスして塗り絵を楽しめばいいだけ。「遊んで過ごす時間」は、あなた自身が楽しみで待ち遠しくなるような時間であるべき。「人は一貫性を持つことにより、心が和み、より安定し、地に足が着いた感覚を体験できるでしょう」とフィリップス博士。「次第に自分の声やニーズ、境界線に対して、より意識が向くようになります」

過去の傷を癒すのには時間がかかる。でも、それに取り組む価値はある。どんな自分に対しても、親切で忍耐強くあり続けることができれば、いずれはそれが自分の人生を導く基盤となるから。

※この記事は当初、アメリカ版コスモポリタンに掲載されました。
 
※この記事は、アメリカ版ウィメンズヘルスから翻訳されました。

Text: SABRINA TALBERT Translation : Yukie Kawabata

Lettermark
Sabrina Talbert

Sabrina is an editorial assistant for Women’s Health. When she’s not writing, you can find her running, training in mixed martial arts, or reading.

Headshot of 川畑 幸絵
川畑 幸絵
翻訳者

短大卒業後バンクーバー、メルボルンで2年留学した後、外資系客室乗務員として勤務。2018年に退職後、翻訳者としてフリーランスに転身。アメリカで統合栄養学を学んだ経験もあり。