出産後の回復を意味する「産後の肥立ち(ひだち)」という言葉。聞いたことはあるけれど、肥立ちって何?という人も多いのでは。産後の女性の心身は非常にデリケートな状態。産婦人科医の疋田裕美先生に取材し、産後の最適な過ごし方から、気をつけたいことなどを教えてもらった。

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「産後の肥立ち」とは?

mother cares for her young baby in his nursery
Belinda Howell//Getty Images

「出産とは、全治数ヶ月の交通事故と同様のダメージを体に与えると言われています。さらに、産後はすぐに始まる育児やホルモンバランスや環境の変化などが原因で、心身ともに不調をきたしやすくなります。出産後、ママの体は妊娠前の状態に戻ろうとします。この戻ろうとする経過の様子を肥立ちと表現します」(疋田裕美先生・「」内以下同)

目安は"産後6週間"

「産後の正常にもどるまでの時期を専門用語で『産褥期(さんじょくき)』と呼びます。また産後の安静を解除する時期を『床上げ』と言います。少なくとも分娩してから1ヶ月間はゆっくり体を休めて、母体を回復させることに注力しましょう。産後の症状には個人差がありますが、少しでも早く健やかな状態が目指せるように、極力無理をせず、ちょっとずつ育児に慣れましょう。1カ月健診で問題がないようであれば、入浴や外出などができるようになります。余談ですが、労働基準法では、産後6週間は就業させてはいけないと法律で定められています」

昔は産後の肥立ちが悪くて亡くなった女性も

「医療がまだ十分ではなかった昔の話ですが、産後の肥立ちが悪くて命を落としてしまう女性も珍しくはありませんでした。産後はつい赤ちゃんの状態を優先してしまいがちですが、ママが頑張りすぎないように家族がサポートすることも大切なのです」


「産後の肥立ちが悪い」とされる状況と対策

産後の肥立ち
Jose Luis Pelaez Inc//Getty Images

マタニティブルーや産後うつ

「産後は女性ホルモンの増減により、体が急激に変化します。また、産後すぐに始まる育児や睡眠不足のせいでホルモンバランスが崩れやすくなり、心身が不安定な状態になることも。これらが影響し、産後数日頃から、気分の落ち込みや、不安、突然涙が出るなど、情緒不安定な状態になることをマタニティブルーと呼びます。これらの症状は一過性のものなので、個人差はありますがおおよそ10日くらいで落ち着くでしょう。

ただ、マタニティブルーが続き、気分の落ち込みがひどくなると、産後うつになってしまうかもしれません。これは、マタニティブルーとは違い、心の病です。育児や家事が手に付かない、死んだほうがよい、と思ってしまうような状況ならば、まずは、かかりつけの産婦人科、住んでいる地域の保健師などに相談してみましょう。自分を責めてしまい、何も手につかない、眠れないような状態であれば、精神科に相談する必要があります」


子宮復古不全

「妊娠中に大きくなった子宮は出産を終えて、4〜6週間をかけて元の状態に戻ろうとします。子宮収縮が悪く、なかなか元の状態に戻らない状態を子宮復古不全と呼びます。

産後は、悪露とよばれる血の混ざったおりものが出ます。通常、赤色→褐色→白色と色が変化し子宮回復の目安になるのですが、子宮復古不全になると、赤色の悪露が続いたり、量が増えることがあります。そうなると、貧血になる恐れが。さらに、細菌感染を起こした場合、下腹部が痛くなったり発熱することも。もし退院した後も赤色の血液の塊の混じった悪露が一週間以上続いたり、痛みが増加するようなら、早めに出産した病院に相談してみましょう。ちなみに直接授乳は子宮収縮を促進し、子宮復古を促してくれますよ」


膀胱炎

「産褥期は免疫力の低下や、悪露による外陰部の汚染、さらに膀胱筋の低下によって尿が膀胱に溜まりやすくなり、膀胱炎になりやすい状態です。症状としては、頻尿、排尿時の痛み、残尿感など、悪化すると腹痛や発熱するケースもあります」

乳腺炎

「赤ちゃんが上手におっぱいを吸ってくれない場合、そのまま放置すると、うっ滞性の乳腺炎を引き起こす可能性があります。また浅吸いによって乳頭亀裂ができてしまい、そこから細菌感染を起こして、細菌性乳腺炎を引き起こしてしまうことも。いずれも、乳房のしこりや腫れ、熱っぽさ、痛みといった症状が出るので、産婦人科の母乳外来、もしくは助産院などに相談してください」

出産後にやってはいけないこと

affectionate father, mother and baby girl lying in bed
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激しい運動は控えて

「体調が回復しないうちに激しい運動を始めるのは控えましょう。運動は気分転換になるくらいの散歩がおすすめです」


一人で頑張りすぎるのはNG!

「産後すぐの育児は、慣れないことの連続でついつい頑張ってしまうママが多いと思います。しかし、無理をすると産後の肥立ちに影響を及ぼします。周りの家族を頼りながら、みんなで赤ちゃんの健やかな成長を見守りましょう。

もし、サポートしてくれる人が周りにいないようであれば、行政や病院の産後ケア事業などを活用しましょう。 妊娠期間中に、自分の住む地域にどんな事業があるか調べておくといいかもしれません。育児サポートに不安がある場合は、あらかじめかかりつけの産科医院に相談しておくと、退院後すぐにサービスが受けられます」


産後の肥立ちをよくするために避けたいもの

instant ramen  noodles in  a  cup
Carlo A//Getty Images


冷たい飲み物

「体が冷えてしまうので、冷たい飲み物は控えましょう。どうしても氷を入れたい時は、少ない量にしてください」


インスタント食品

「手軽に食べられるので、育児疲れなどがたまりつい食べたくなったりすると思いますが、塩分や脂質が多く含まれているのでなるべく食べないように心がけてください」


砂糖や油の多い食べ物

「ストレスがたまり、おやつや甘いものを食べたくなることもあるでしょう。しかし、ケーキやスナック菓子には多くの油や糖分が含まれています。これらの食べ物は母体の血液に影響し、血液から作られている母乳の質も下げてしまいます。さらに、食べすぎると乳腺が詰まって乳腺炎を引き起こす可能性もあるので、食べる量には気をつけましょうね」


先生からママへのメッセージ

close up of parents and baby join hands on the light background
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「自分一人で抱え込まず、他の人にサポートしてもらうことが大切。マタニティブルーは誰でもなりうるものです。ただ一過性のことも多いので、今だけと考えてゆったりと構えるのもおすすめですよ」


要保存! 育児に困った時の相談先リスト

産後の肥立ち 産褥期
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子育て・思春期・更年期 女性のあらゆる相談室

日本助産師会が運営する相談窓口。産後の不調や不妊など、相談しにくい話も専門家に聞いてもらうことができる。全国で展開しており、施設が設けられていたり、直接自宅に訪問してくれる地域もある。

https://www.midwife.or.jp/general/supportcenter.html

こども医療でんわ相談

厚生労働省が運営。休日や夜間でも、小児科医や看護師が子どもの急な病気やけがの対応についてアドバイスをくれる。

https://www.mhlw.go.jp/topics/2006/10/tp1010-3.html

自治体の保健センター

市町村が運営している保健センター。育児に関する相談を受け付けている。

https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/shisetsu/shiho_list.html

子育てホットライン「ママさん110番」

日本保育協会が運営する「子育てホットライン ママさん110番」。子育て全般について、保健師や元保育園の園長先生などがアドバイスをくれる。

https://www.nippo.or.jp/soudan/

明治 赤ちゃん相談室

株式会社明治が運営する「赤ちゃん相談室」。母乳についてや離乳食の進め方など、赤ちゃんの食事に関するお悩みについて、栄養士の方が相談に乗ってくれる。

https://www.meiji.co.jp/baby/club/category/ask/cat/deals119.html


まとめ

赤ちゃんの健康と同じくらい、大事なママの健康。なんでも一人で頑張りすぎず、頼れることは頼りながら、赤ちゃんとの貴重な時間を楽しんで!


【教えてくれた人】

産後の肥立ち

疋田裕美(ひきだひろみ)/芍薬レディースクリニック恵比寿 院長

日本産婦人科学会専門医。九州大学卒業後、九州大学病院や板橋中央総合病院などの勤務医として分娩管理や手術の経験を積んだのち、2017年4月に芍薬レディースクリニック恵比寿を開業。女性ホルモンの変化にあわせて、月経、妊娠、更年期などさまざまな体調の変化を診察。西洋医学をベースに漢方も取り入れた治療で、幅広い年代の女性の健康を支えている。

Text:NAOMI TANAKA