後ろ向きという言葉は、悪い印象しか受けない。自分の人生が後退しているだなんて誰も思いたくはない。でも、フィットネスにおいては話が違う。

そう、後ろ向きに歩くこと。おそらく、子供の頃以来後ろ向きに歩いてみた大人はいないだろうけれど、研究によると、普通に歩くよりも最大30%多くのエネルギーを消費し、ヒザの痛みを軽減するなど、後ろ向きに歩くことには驚くべき利点がある。勇気はいるものの、認知機能を良好に維持するうえで必要な種類の刺激を脳に与えることもできるとか。

では早速、後ろ向きウォーキングをフィットネスの習慣に組み込むべき理由とその方法について、イギリス版ウィメンズヘルスから詳しく見ていこう。

ウォーキングは(どの方向に歩くにせよ)自分のためになる

ウォーキングが健康によいことは、数多くの研究が実証している。2019年にハーバード大学医学部が実施した研究によると、日常生活の中で歩数を増やせば増やすほど寿命が延びることが明らかになっている。ウォーキングは年齢やフィットネスの経験を問うことなく、誰もがすぐに気軽に始められるエクササイズなのも有難い。

イースト・ロンドン大学で臨床運動生理学の講師を務めるジャック・マクナマラ博士によると、ウォーキングは「心血管系の健康を向上させ、心疾患や2型糖尿病などの慢性疾患のリスクが減少し、メンタルヘルスと気分を改善する」のに役立ち、これらのメリットは歩く方向を問わない。

後ろ向きに歩くことで、さらに多くのメリットが得られる

もちろん、後ろ向きに歩くのと前向きに歩くのとでは何もかもが異なる。なのにどうして、後ろ向きに歩き始めなければならないの?

「後ろ向きウォーキングをエクササイズのルーティンに組み込むと、新しいチャレンジに加え、身体的にも精神的にも多くの利点を得られます」とマクナマラ博士。「普段のルーティンに変化を取り入れ、体と心を活動的に維持するための最適な選択肢となりますよ」

「前進歩行と後退歩行の主な違いは、使う筋肉と認知的要求のレベルが異なることです」とマクナマラは説明する。「前進歩行では、主に大腿四頭筋や股関節屈筋など体の前方の筋肉を使い、後退歩行では、主に大殿筋やハムストリングスなど体の後方の筋肉を使います」

他の言葉で言い換えるなら、パーソナルトレーナーを付けたり豪華なジムの器具を利用せずとも、後ろ向きに歩くだけで新しい体の動かし方を実践できるとか。また、トレーニングに多様性を加えるとさまざまな筋肉を使うことができるため、トレーニングをするたびに同じ筋肉を使いすぎて怪我をするリスクも防げる。

体重を減らしたい人にとっては、後ろ向きウォーキングは特に有効だとか。研究によると、前方に歩くより後方に歩いたほうが最大で30%もエネルギーを多く消費できる。なぜなら、後ろ向き歩行のほうが労力とエネルギーを使うため、体脂肪率を減らし、心血管の健康を向上するのにも役立つそう。

後ろ向きに歩くことのメリットは、間違いなくアクセスのしやすさにある。誰もがすぐに始められるから、成果も早く得られやすい。

後ろ向きウォーキングは、年を重ねるほど推奨される

「後ろ向きに歩くことは、バランスや調整力、筋力の向上に役立ち、転倒のリスクを軽減できるので、高齢者の方には特に有益です」とマクナマラ博士。

2018年にマーサー大学医学部が行った研究によると、毎年約250万人の高齢者が転倒により救急外来で治療を受けており、この年齢層の骨折は転倒によるものが全体の87%を占めていることが明らかになった。つまり、後ろ向きに歩けば健康状態が向上するだけでなく、救急外来への苦痛な来院を回避することにもつながるのだという。

2019年に実施されたある研究では、後ろ向きに歩くことで体力と可動性を高められ、高齢者の筋肉や関節、特に足底筋膜(足の指先のつけ根からかかとにかけてアーチのように位置している繊維状の組織)の痛みの治療に役立つ可能性が示された。

足底筋膜の痛みはランナーに起きやすく、組織の使い過ぎとそれによる炎症が原因で引き起こる。でも、足底筋膜が痛むのは盛んにスポーツをする人に限定されるものではない。イギリスの国民保健サービスによると、40〜60代の人や肥満の人、あるいは運動中に足の裏を過度に伸ばし過ぎた場合にも、足の土踏まずの周辺に痛みが起こりやすくなる。

でも、マクナマラ博士いわく心配は無用。後ろ向きに歩きながら傾斜や速度に変化をつけると「関節や筋肉の可動範囲を変える」ことができ、傾斜角度で足底筋膜を治療的に伸ばし、強度を高めることで痛みを軽減できるそう。

また、平均年齢55歳の被験者68人を対象に行われた研究では、6週間の後ろ向きウォーキングによりヒザの痛みが大幅に軽減し、変形性膝関節症患者の大腿四頭筋の筋力に改善が見られている。

精神的なメリットもある

後ろ向きウォーキングに関してもっとも興味深いのは、身体的健康によいだけでなく、脳へのメリットも多いこと。なぜなら、マクナマラ博士いわく、歩く方向を切り替えると脳に新しい挑戦を与えられるからだそう。

頭の体操となるような動きは、認知機能を良好に保つために不可欠。テキサス大学の研究者たちは、脳の活発な動きを維持するにはコンフォートゾーンを超え、未知なことに取り組むことで脳に刺激を与えることが重要であることを発見した。

「認知的要求の観点から言うと、体がこの運動パターンに慣れていないので、後ろ向きに歩くことは通常よりも調整力とバランスが求められます。脳は体の動きを制御するために、前庭視覚(ひねる、回転する、速く動くなど動きに関連する感覚)と固有受容(体の動きや位置を感じる感覚)を別々に処理する必要があるのです」とマクナマラ博士。

後ろ向きに歩くことで、通常のコンフォートゾーンを超えた、さまざまな視覚や動きを受け入れるように脳に挑戦を与えることになる。そのため、脳は普段以上に調整力が要求され、より熱心に働き始める。

これに加え、マクナマラ博士いわく、ストレスの軽減やウェルビーイングの向上など、身体を動かすことで得られる精神的なメリットもすべて付いてくる。

後ろ向きウォーキングの始め方

ただ、後ろ向きに歩くだけでいい。というと簡単に聞こえるが、思った以上の集中力とバランスが必要になる。後ろ向きウォーキングに慣れるまではゆっくり始めるようにマクナマラ博士は助言する。「後ろ向きに歩くことに慣れていない人は、まずは1〜2分という短い時間から始め、徐々に歩く時間を長くしていきましょう。慣れてきたら、週に2~3回のルーティンに組み込んでみてください」

難易度を上げたい人には? スポーツ科学者でアスリートのアマンダ・ンゴニャマが勧めるのは、リバースランジ(フォワードランジの反対)。初めは自重だけで行い、ダンベルやウエイトを使って徐々にレベルを上げていくといい。

もっと刺激を加えたければ? 「私はいつも、HIITセッションにバックペダリングを組み入れています。一気に逆走するものです」とアマンダ。「空間認識力やスピード、敏捷性の向上に役に立ちます」

この記事は、イギリス版ウィメンズヘルスから翻訳されました。

Text: MEGAN GEALL Translation : Yukie Kawabata

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川畑 幸絵
翻訳者

短大卒業後バンクーバー、メルボルンで2年留学した後、外資系客室乗務員として勤務。2018年に退職後、翻訳者としてフリーランスに転身。アメリカで統合栄養学を学んだ経験もあり。