多くの感動を私達に与えてくれた「東京2020オリンピック」。この大会で初の正式競技種目となり、強豪国として注目を浴びたスポーツクライミング。結果は、野中生萌選手の銀メダル、野口啓代選手の銅メダルと表彰台の2位、3位と日本勢が躍進した。

「オリンピック2020東京」は多くのアスリートにとって試練の大会だった。1年間における開催延長の決定は、選手生命に関わる事態が起こってもおかしくはなかっただろう。アスリートは2020年に向けてピークを作ってきていただけに、誰もがショックだったに違いない。無論、野中選手もその一人である。

怪我とコロナショック。オリンピックへの長すぎる道のり

待ちに待ったオリンピックイヤー。事前の6月に開催された世界大会に出場すると、野中選手は試合中に右ひざを負傷してしまった。医師からは全治3カ月の怪我と診断された。

野中

「絶望的でしたね。頭の中が真っ白になって。1カ月後にはオリンピックでの戦いが控えているという状況の中で、全治3カ月と診断されました。その時は歩けもしない状況。メダルは無理かもしれないって思った瞬間でした」

それでも野中選手はリハビリとトレーニングを繰り返し、右膝にはテーピングを巻き、モチベーションを保ちながら、なんとかオリンピックを迎えた。「東京オリンピック2020」の競技中、彼女のトレードマークとも言えるヘアスタイルはオレンジ色に染まっていた。

sport climbing  olympics day 14
Maja Hitij//Getty Images

「寒色系の色は考えてませんでしたね。もっと、”熱い”というか、オリンピックにはもっと情熱的な”想い”が強かったんで、オレンジ色にしました。私にとって、ヘアカラーは、”気持ち”を作るために大切な時間。大会前は必ず美容院に行き、髪を整えながら、気持ちを固めています。スポーツ選手の中には、ノーメイクで黒髪が”何もしていないことの強さ”であるという意識も色濃く残っているかもしれませんが、私はその概念を壊したかった。それに、外岩(アウトドアクライミング)を登る時、逆にネイルをしていた方が爪が硬くなって、細かい石とかホールドしやすくなるんですよ。パフォーマンスにも直結しているし、気持ちも上がる! 一石二鳥です」

フィジカルとメンタル、どちらも辛かったオリンピック

最も得意とする”ボルダリング”の種目は故障前のように元どおりには動けない状態だった野中選手。試合中は何度も気持ちを立て直しながら駒を進めていったという。

sport climbing  olympics day 14
Maja Hitij//Getty Images

「試合中、自分の得意種目なのに、自分の良さが出せないもどかしさがずっと心にありました。思うような展開になるとは思っていなかったけど、正直、競技中はしんどかったですね。でも、その気持ちのままでいたら前には進めない。そこで、ボルダリング種目で一位を狙うのではなく、別の種目で一番を取ろうというメンタルに切り替えていきました」

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Tsuyoshi Ueda - Pool//Getty Images

スピード種目では自己新記録を達成。野中選手の中で一番思い出に残るオリンピックでのシーンになったという。そして、彼女は銀メダルを手に入れた。

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Maja Hitij//Getty Images

「オリンピックが1年の間、延期になったことで、その分トレーニングをたくさん積んできました。スピードやリードの種目に力をつけてこれたのも、この期間のおかげだったと思っています。今まで一番強い自分と思っていた矢先にさらに大きな怪我をしてしまったけど、諦めないでいられたのは、本当に多くの人のサポートがあったからこそ。これからもクライミングの認知を広げていくためには、私たち選手が結果を残して、注目されることがまず第一と考えてます。それから、多くの人に一度でいいからクライミングを身近なものにしてもらいたいと思いますね。クライミングジムならシューズのレンタルもあるので、手ぶらでも大丈夫なんですよ」

性別・年齢・体型が違う人たちが同じように楽しめる

クライミングの醍醐味は、男女、年齢、体格などにかかわらず、みんなで楽しめること。オリンピックの競技を見た人なら感じたかもしれないが、競技中であっても選手同士が課題に対して語り合い、国同士の垣根なく課題をクリアするために切磋琢磨する選手の姿が印象的だった。

sport climbing  olympics day 14
Maja Hitij//Getty Images
sport climbing olympics day 14
Maja Hitij//Getty Images

「クライミングジムは、どんな課題も男女の差や年齢の差は関係なく作られています。男性は力があるからパワー的にも難しい課題を登りやすいと思いきや、力に任せすぎてしまうことも往々にしてあるので、逆に女性の方がその課題をテクニックで軽やかに登ってしまうことも。同じように、柔軟性の高い子どもの方が大人よりも先に課題をクリアすることだってある。クライミングに体格や年齢の正解はないんです。本当に、垣根のない、誰にでも平等なスポーツなので、親子で、カップルで、是非世代や性別を超えてみんなで楽しんでもらいたいですね」

野中

2024年に行われる予定のオリンピックパリ大会はまだ先のことだけれど、前に踏み出していく野中選手に、これからも自分を信じて、進んで欲しいと願う。

野中生萌の東京オリンピック2020の道のりに密着した映画が公開!

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
THE WALL - CLIMB FOR GOLD (TRAILER)
THE WALL - CLIMB FOR GOLD (TRAILER) thumnail
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「東京オリンピック2020」のメダルをかけて、世界で活躍する4人のトップクライマーに密着したドキュメント映画が2022年に公開。満身創痍で挑んだオリンピックまでの険しく、たくましき道のりに、感動せずにはいられない。

Photo: Shota Matsumoto

Headshot of Chie Arakawa
Chie Arakawa
ウィメンズヘルス・シニアエディター

タレント・アスリートインタビュー・スポーツファッション・ウェルネス記事などを担当。女性誌FRaUでファッション・スポーツ・ダイエットなどの編集キャリアを積み、その後スポーツライフスタイルマガジンonyourmarkのプロデューサーとして在籍後、2022年までウィメンズヘルス編集部に在籍。