世界中で約18億人が28日ごとに生理を迎える。ということは、毎月1億4000万リットル近い経血がトイレに流されるか、ナプキンやタンポンに吸収されて捨てられるということになる。その赤い“ゴミ”を少しでも有効に使うための方法はないのだろうか。

デンマークの医学生サラ・ナセリの頭の中では、10年以上前、予防医学と女性のヘルスケアに初めて興味を持ったときからこの疑問が渦巻いていた。そこで経血の検査と活用に関する既存の文献を調べてみると、衝撃的な事実が判明。検索に引っかかったのは、ニューヨークシティの科学捜査班がとある殺人事件現場の経血に関して提出した1本の学術論文だけだった。

そう、当時のナセリ博士が探り出した経血の特性に関する唯一の論文は、殺人事件の捜査によるものだったのだ。この驚くべきデータの不足は彼女を行動に駆り立てた。そして、彼女の研究結果は、今後数十年の女性のヘルスケアを変える可能性を秘めている。アメリカ版ウィメンズヘルスから詳しく見ていこう。

女性特有の検査はかなり気まずい

健康診断の基本は長年にわたり採血で、試験管1~2本分の血液があれば、ビタミンD欠乏症やエイズを含むさまざまな疾患の検査ができる。ただし、袖をまくってチクッという痛みに耐える採血のプロセスは何十年も変わっていない(この技術を進歩させるための努力はあまり実を結んでいない。医療ベンチャー企業『セラノス (Theranos) 』の創業者兼元CEOのエリザベス・ホームズも、安価な血液検査技術を開発したと見せかけて詐欺罪で起訴された)。

でも、女性の体内(特に生殖器)を調べて診断を行う際には、定期的なスメア検査や精密なコルポスコピー検査や子宮内膜生検など、より侵襲的な検査方法が用いられるケースが多い。

女性には一生で平均450回も生理が来る

こうしたプライベートな検査に対する女性の身体的および精神的な反応は、その人の痛みに対する耐性、病院における過去の経験、医師のスキルと診察時のマナー、トラウマ(性的虐待を含む)といった多数の複雑な要素によって変わる。「私の患者さんには、IUDの挿入やスメア検査で本当に嫌な思いをしたことがあり、それがトラウマとなって診察室を怖がるようになった人が多いです」と話すのは、米オレゴン健康科学大学ウィメンズヘルスセンターの産婦人科医リサ・バイエル医学博士。

麻酔を使って身体的な苦痛を減らすというオプションが存在しても、多くの患者は(その事実を知らないので)頼まない。また、生殖器の神経は複雑な性質を持っているため、麻酔を使っても完全に無痛になることは少ない。それに対して歯科治療では「ブロックしたい神経が通常1本なので、麻酔を打つだけで解決します」とバイエル博士。「でも、子宮頸部と子宮では神経が1本ではなく網状になっていますし、それを全部ブロックすることはできません」。だから私たちは内診や施術が無事に済むことを“祈る”しかなく、一部の女性は重要な検査自体をスキップする。

有望なソリューション

予防医学に対する興味関心とセルフ検査キット業界の急成長に突き動かされて、ナセリ博士は2014年に女性のセルフケアカンパニーQvin(“女性”を意味するデンマーク語で“クウィン”と発音する)を共同設立し、経血が病気の診断に使えるかどうかを調べる研究を開始した。

その後7~8年の研究でナセリ博士は、血糖値と生殖ホルモンや甲状腺ホルモンの濃度を調べるためだけでなく、生殖器に関する情報を含む特別なタンパク質を検出するためにも経血が使えることを突き止めた。ナセリ博士によると、世界では年間35万人もの女性が子宮頸がんで命を落とす。「でも、子宮頸がんは検査で防げる病気です」。そして、閉経前の女性であれば、子宮頸がんの検査にも経血を使うことができるそう。「現在の検査方法は手間がかかり、侵襲的かつ不快」なので、これは非常にうれしいニュース。

ナセリ博士が生み出したソリューションは、自宅で経血を採取するQ-Padという名のナプキン。QvinのパッケージにはオーガニックのQ-Padが2枚含まれており、経血量が一番多い日に2~4時間着用する。ナプキンには経血を吸収するための(リトマス紙のような)細長い紙切れが1枚ずつ付いているので、それを引き抜き、残りのナプキンは通常通り廃棄する仕組み。紙切れ2本分の経血を採取したら、着払いの返送用封筒で検査機関に送るだけ(Qvinによると、液状のときと違って乾燥した血液は少なくとも2週間は保存がきくので、輸送中に腐ってしまうことがない)。検査結果は専用のアプリを通じて1週間以内に送られてくる。

いまの時点でQ-Padは、血糖値、甲状腺ホルモン濃度、ヘモグロビン値、炎症濃度、生殖ホルモン濃度の検査に使えることが科学的に証明されており、近い将来、コロナウイルス感染症や高リスクHPVの検査にも使えるようになるという。QvinはすでにQ-PadとA1cテストで米国食品医薬品局の認可を受けているので、糖尿病の女性はQ-Padの経血でA1c値をモニタリングすることが可能。

次世代のアプローチ

経血のセルフ検査キットに着目している企業はQvinだけじゃない。米ジョージア工科大学で生化学を専攻するイーサン・ダミアーニ氏には、がん生物学とバイオテクノロジーの講義の中で抱いた疑問をもとに、大学の仲間たちと独自のプロトタイプを作り始めた。「あの日聴いた乳がんと子宮頸がんの非侵襲的な検査方法に関するプレゼンテーションで『非侵襲的な検査では患者の腕から血液を採取します』と言っていたのが気になったんです。その方法は決して非侵襲的でも簡単でもないような気がしました」

こころの医学:侵襲的な検査は私たちの心理状態にどのような影響を与えるのだろう? 最近は、治療計画を立てる際に患者の経験を考慮する“トラウマインフォームドケア”というアプローチを取り入れる医療プロバイダが増えている(トラウマには、性的虐待、近親者間暴力、慢性疾患、痛みを伴う治療など、さまざまな形態がある)。

トラウマインフォームドケアを行う医療プロバイダの診察では、通常の診察と異なり、トラウマ的な経験や現在進行形の問題の有無を聞かれる可能性が高い。体に触れる必要があるときは事前に患者の許可を求め、治療の前と最中に手順を説明し、患者が望めば、その理由にかかわらず治療を一時中断したり早めに終えたりするのもトラウマインフォームドケアを行う医療プロバイダの特徴。

このようなプロバイダのデータベースはまだないけれど、“自分の居住地+トラウマインフォームドケア”で検索したり、かかりつけ医にトラウマインフォームドケアの医師を紹介してもらったりすることは可能。治療というのは自分の気分を悪くするためでなく良くするために受けるべきものなので、ここはひとつ積極的に動いてほしい。

そのプレゼンテーションのあとでダミアーニ氏はプレゼンターに「経血を検査に使おうとした人がいるかどうか」を尋ねたそう。でも、冷たくあしらわれたので、女友達のリア・プレムに相談を持ち掛けた。その後2人は(のちに共同設立者となるギリシュ・ハリとネトラ・ガンジーと共に)4年時のキャップストーン(現実の課題解決)プロジェクトで新製品の開発に取り組んだ。彼らがFADpad(FADはFiltered Adhesive Diagnosticsの略で、直訳するとフィルター付き粘着性診断用ナプキン)と名付けたこの製品は、普通のナプキンに細長い紙切れをくっ付けて、経血が十分に採取できたら剥がすというもの。

「私たちは、ユーザーが生理用品を買い替えなくても使える技術を開発したいと思いました」とプレム氏は語る。

FADpadの開発プロセスはQvinほど進んでおらず、プレムのチームはFADpadの開発にフルタイムで取り組むための資金調達を目指している(チームの中には学業と並行して頑張っている人も)。それでもユーザーからのフィードバックはポジティブで、FADpadは最近行われた学内発明コンテストの学部生部門で見事1位に輝いた。

未来に向けて

QvinのクリエイターもFADpadのクリエイターも、自分たちの製品が婦人科検診の代わりになるとは思っていないし、それでいいと思っている。彼らが望んでいるのは、自分たちの革新的な取り組みが女性に自信を与え、ヘルスケアに関する決断を自分の意思で下す女性が増えること。

「私は、Q-Padが実際どのような形で患者の役に立つのかを理解することが大切だと思っています」とナセリ博士。「私が思うに、Q-Padはツールの1つとして見られるべきです。仮に病院で『コレステロール値が高いですね。赤身肉の摂取を控えて、毎日30分歩いてください。次の検査は来年です』と言われたら、次の検査までQvinを使うといった感じです」

FADpadのクリエイターが重視するのはアクセシビリティ。FADpadは、保険に加入していない人や十分な保険に入っていない人、医師の診察が受けられない人が定期的に疾患の有無をチェックするための安くて簡単なツールとして機能するべき。

バイエル博士のような産婦人科医から見ても、このような技術の進歩は女性にとってポジティブなこと。「さまざまな方法で女性をヘルスケアに巻き込めば、良い変化が現れると思います。採血や注射が好きな人はあまりいません。もともと自然に起きている方法で血液が採取できれば、患者さんもうれしいでしょう」。そうすれば、重要なデータを含む経血がまるっきり無駄になることもない。

※この記事は、アメリカ版ウィメンズヘルスから翻訳されました。

Text: Amy Wilkinson Translation: Ai Igamoto

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Amy Wilkinson
Amy Wilkinson is an entertainment editor who also specializes in health and wellness. When not editing or writing, she can be found teaching Pilates as a comprehensively certified instructor.
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伊賀本 藍
翻訳者

ウィメンズヘルス立ち上げ直後から翻訳者として活動。スキューバダイビングインストラクターの資格を持ち、「旅は人生」をモットーに今日も世界を飛び回る。最近は折りたたみ式ヨガマットが手放せない。現在アラビア語を勉強中。