昨今の世界情勢に、私たちの心は少なからずかき乱されている。このような状況が、脳疲労につながると話すのは、オハイオ州クリーブランド・クリニックの女性のアルツハイマー予防センターでディレクターを務める神経心理学者のジェシカ・コールドウェル博士。

「頭にモヤがかかったようにぼんやりしてしまうブレインフォグは、高齢になるまで発症しないと思われがちですが、どの年代にも非常に多くの患者がいます。ストレスが引き金になることでも有名です」と、コールドウェル博士。

マーケティング戦略家のデリア・ルイスは、パンデミックが発生して3カ月後、普段に比べ頭がぼんやりしていると感じ始めた。新しいホームオフィスのPCに向かうと、メールの返信業務をする代わりに、ドゥームスクローリング(ネット上でネガティブな暗い情報ばかりを収集し続けること)をするようになった。10分で終わるような作業に1時間もかかるようになった。マネージャーと電話するときは、自分がやるべきことを忘れないでいるために、マネージャーが話す内容をすべて文字に書き写す必要があった。「普段なら、複数の仕事を平行して進めることができるんですが」と、デリア。「今の私ときたら、『それで、私はなにをしたらよかったんですかね?』こんな調子です」

専門家いわく、頭がぼんやりする最大の要因は、間違いなくストレス。テキサス大学ダラス校脳健康センター所長であるサンドラ・ボンド・チャップマン博士によれば、クタクタに疲れた状態になると、脳内に毒素が蓄積され、複数の物事を記憶する能力や集中力に影響を与える。「私たちは、脳を疲れさせるようなことをしていながら、前みたいに頭が冴えないのはなぜだろうと疑問に思うのです」と、チャップマン博士。

「体が疲れているときは、休む必要があると私たちは認識するのですが、脳が疲れているときは、苦労してでも進もうとする傾向にあります。ブレインフォグを放置すればするほど毒素は蓄積し、非生産的な日々が続き、多くのことが思い出せそうで思い出せないという状況に陥ってしまうのです」

でも裏を返せば、脳を休めるためのシンプルな戦略を実践することで、頭がすっきりしてくるのをちゃんと実感できるようになる。「脳を健康にするためにできることは、身体のほかの部分を健康にするためにできることよりも多いという驚きの事実を科学は明らかにしています」と、チャップマン博士。その方法をイギリス版ウィメンズヘルスから見ていこう。

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そもそも、ブレインフォグってなに?

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Maria Korneeva//Getty Images

デリアは、前みたいに頭が冴えなくなり、注意力が散漫になり始めたとき、それをズーム会議による疲れや、ジムに行ってストレス発散できなくなったこと、友人との交流ができなくなったことのせいにしていた。そして、睡眠時間を増やし、少し休息をとることで、新しい日常に体が適応できると考えた。

でも、ぼんやりした脳の状態は執拗に変わらなかったため、医師の診察を受けたところ、ブレインフォグである可能性が高いと言われた。ブレインフォグとは医学的な病名ではなく、頭がぼんやりしたり、頭が冴えなくなったり、集中するのが難しくなる状態を表す言葉として使われている。ほかの症状は、通常よりもの忘れがひどくなったり、なにかを思い出そうとするときの反応が鈍かったりする。脳は動いてはいるけれど、フルに機能していないかのように感じられると、コールドウェル博士は説明する。

ブレインフォグがこれほど一般的な症状であるのには、実は生理学的な理由があると補足するのは、ニューヨーク州立大学ダウンステート・メディカル・センターの臨床神経学教授であり、ニューヨーク市のレノックス・ヒル病院の主治医でもあるガヤトリ・デヴィ博士。脳内の数兆個もあるニューロンのうち、わずか1万から2万個がオレキシンと呼ばれる神経ペプチドを分泌する。研究によると、オレキシンは、覚醒状態や注意力を保ついくつかの回路のうちの1つ。「私たちの覚醒状態や注意力がこれほど少数の神経細胞によってコントロールされていることは驚くべきことであり、脳のこの部分がどのように影響を受けやすいかを容易に理解することができます」と、デヴィ博士。

ありがたいことに、人間の脳は警戒するようにできており、このおかげで私たちはどんな環境にも素早く反応することができる。この明晰さが脳の普通の状態であるという事実は、ブレインフォグがなぜこれほどにも脳を混乱させ、ストレスに感じるのかを説明するのにも役に立つ。

「ブレインフォグがひどいときは、そうでないときよりもすぐにいっぱいいっぱいになってしまいます」と話すのは、数年前からブレインフォグと向き合い、非営利団体でウェルネスコーディネーターを務めるライラ・ジョーンズ。「すべてのことが難しくなりますね。運転はよりストレスがかかり、仕事でのマルチタスクはほぼ不可能で、会話も理解するのが難しくなります。脳が糖蜜に浸かっているような感じで、本当に苦労しています」

ブレインフォグの原因は?

woman in depression closed face with hands and crying in bed melancholy mood, mental health life problems
Oleg Breslavtsev//Getty Images

チャップマン博士いわく、ブレインフォグになる原因はいくつかある。デリアは、ブレインフォグが日常になり、睡眠を増やしたり、瞑想したり、1週間の仕事の休暇をとるなど、改善に役立ちそうなことがなにも役立たないと実感したとき、少し神経質になった。「なにかの病気ではないかと思うようになりました」

ブレインフォグになる原因としてもっとも可能性が高いのは、多くの人が今(あるいは、人生のある時点で)対処していること。その内容とは?

①ストレス

どんなストレスにも適応できる私たちの身体には驚かされる。危険にさらされていると感じると、脳は次々に神経化学物質やホルモンを放出して、体の状態を「闘争・逃走反応」に整える。でもコールドウェル博士が言うには、これらのホルモンは限られた時間内で体内に送り出されるもの。それが必要以上に長い間分泌され続けると、私たちの脳は疲労を起こしてしまう。

「体にフィードバックループが組み込まれているのはこのためです」と、コールドウェル博士。「脳は最終的に、ストレスホルモンの放出を止めてください。重大な脅威となるものはもうありません、といったメッセージを受け取ります」

このシグナルを受け取る脳領域は、新しい情報を取り込んで長期記憶として保持する役割を担う海馬。残念なことに、(例えば、コロナ禍により自宅での仕事や育児を強いられたり、パンデミック中のネガティブな情報を見続けたりして)ストレスが慢性化すると、脳はストレスホルモンの放出をオフにするというメッセージを受け取ることができなくなる。

その結果、海馬が疲れ果ててしまい、時間とともに細胞が死滅し始めると、この重要な脳の領域が縮小し始め、ブレインフォグが発生する。

②睡眠不足

睡眠が不足すると、単に意識が鈍くなる。これは、ブレインフォグの最大の原因の一つ。また、十分な睡眠が得られないということは、熟睡しているときに行われる重要な脳のお掃除タイムを逃してしまうことでもあると、コールドウェル博士は説明する。

『Science』誌に掲載された論文によると、睡眠中に発生する血流や電気活動により、血液や脳脊髄液の大波が生じて脳内の有害物質を洗い流してくれることがわかった。このことから、科学者たちは睡眠を、脳の“リンスサイクル(rinse cycle)”と呼んでいる。

「睡眠は、新しい情報を評価し、より安定した長期記憶を形成するのに役立ちます」と、コールドウェル博士。「不要なものが脳から取り除かれる時間なのです」。さらに素晴らしいことに、このリンスサイクルでは、アルツハイマー病に関与している物質、アミロイドも脳から除去されることが研究で明らかになっている。

③更年期

気分の浮き沈みや寝汗は更年期に現れる症状としてよく知られているけれど、デヴィ博士によると、ブレインフォグも更年期障害の主な症状であり、あまりにも見落とされることが多い。「実際は更年期に関連するブレインフォグであったにもかかわらず、認知症やアルツハイマー病と誤診される患者を何人も診たことがあります」 と、デヴィ博士。

更年期に入り、ホルモンが変化する前はというと、エストロゲンは多くの点で女性の脳に大きな利点をもたらしている。記憶や対話に重要な役割を担う脳の領域である海馬は、多くのエストロゲン受容体が存在する場所。

「これらの受容体は、海馬全体に広がっているエストロゲンの小さなドッキング部位のようなものだと考えてください」 と、デヴィ博士。更年期にエストロゲンが減少すると、その部位は長い間頼りにしてきたものが得られなくなり、その結果、脳は調整を加えなければならないので、脳にモヤがかかったように感じることがあると、コールドウェル博士は説明する。「脳が以前のように多くのエストロゲンを使わずに仕事をする方法を見つけ出しているためです」

④薬の副作用

片頭痛や抗けいれん薬の処方から、睡眠やアレルギーの市販薬まで、多くの薬によってブレインフォグは発生する。コールドウェル博士いわく、これらの薬物のいずれかを服用しながら、アルコールを飲んでいれば(1晩に1杯程度のワインでさえも) 、さらに頭の明晰さは低下する。

⑤病状によるもの

ブレインフォグは、頭部外傷や甲状腺の問題、初期の多発性硬化症など、さまざまな健康問題が原因で発生する場合もある。このようなケースは非常に稀ではあるが、頭ボーッとしてしまう原因がより深刻なものに起因していないかどうか示す兆候にも注意を払うことが重要。


ブレインフォグの治療法と予防法

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Nuthawut Somsuk//Getty Images

脳がぼんやりしていても、それは自然に治るものだと自分に言い聞かせているかもしれない。「あぁ、今日は頭が冴えない。ま、きっと明日にはよくなるだろう、とだけ言わないことが本当に大切です」と、チャップマン博士。「脳は自然と回復できる素晴らしい器官ですが、問題は、以前と同じレベルにまで回復できるのかということです」。脳の回復に役立つことを自ら積極的に行うことが脳のためには大切。以下の方法を試してみて。

ストレスへの反応をコントロールする

「すべてがネガティブになると、ストレスに対して自分にできることがなにもないような考え方に陥りやすくなります」と、コールドウェル博士。

「ですが、今もっとも自分がストレスに感じていることをよく見つめてみると、義務感や責任を感じていたことの中から実はそうでもなかったものに気づけたり、今までとは異なる対処法が見えてくるかもしれません」

ストレスを感じていることを単純に認めるだけでも、人生が必然的にあなたに投げかけてくる厳しい現実に対処するよりよい方法を見つけたり、海馬を疲弊させるストレスホルモンの放出を脳がオフにするのにも有効となる。

睡眠習慣をきちんと整える

「あまりにも多くの人が、私たちの脳は、スイッチを入れたり切ったりできるモーターのようなものだと考えていますが、脳はむしろ、常に成長し変化を遂げている植物のようなものです」 と、デヴィ博士。そして、その植物に餌を与え、健康を保つために、睡眠ほどエレガントでパワフルなものはない。

一晩や二晩の睡眠不足によって大きな影響を受けることはないけれど、よく眠れない日々がずっと続いているなら、睡眠習慣を改善する価値がある。「最近では、不眠症を治療するために証明された方法が多くあります」 とデヴィ博士。「よい睡眠習慣に戻れるように、自分自身を鍛えていこう。

体を動かす

心臓によいもの(エクササイズ!)は脳にもよい。理由は、デヴィ博士いわく、心臓から送り出される血液の40%以上が、最終的に自分の脳に循環されるから。

これは、脳がどれだけのエネルギーを必要とし、そのエネルギーを得るためにどれだけ心臓に頼っているのかを証明している。心臓が適切に血液を送り出さなければ、脳は記憶機能と覚醒を保つために必要な酸素を豊富に含んだ血液を得ることができない。さらに運動は、気分をよくし、ストレスを軽減する効果まである。

「ブレインフォグの予防や治療をするために、一つのことに取り組んで複数の利点を得られる運動は素晴らしい選択肢です」と、コールドウェル博士。


脳を休める

チャップマン博士が患者全員に処方しているという「ファイブ・バイ・ファイブ(five by five)」と名付けられたエクササイズを試してみよう。1日を通して5回の間隔でアラームを鳴らし、脳の活動をすべて停止させ(瞑想もダメ!)、今この瞬間を5分間過ごすようにする。目を閉じて休んでもいいし、外に座って木を眺めてもいい。散歩(ポッドキャストは聞かずに!)をしながらボケーっと過ごしてもいい。「脳へのインプットがない状態を5分設けることが、脳をリセットするのに最善な方法です」と、チャップマン博士。

マルチタスクをやめる

マルチタスクをこなせたら、超生産的な気分に浸れるかもしれないけれど、チャップマン博士いわく、実際にマルチタスクは脳に刺激を与え、最終的には脳の働きを鈍らせることになる。複数のことを一度にやりくりしようとするのではなく、一度に一つの目標だけに集中して、それを30分以内で実行できるようにしてみて。

毎日一つのことを深く考える

「深く考えることは、脳にとっては腕立て伏せのようなものです」 とチャップマン博士。オンラインで面白い記事を読んだら、15分間をかけてそれを自分の生活にどう応用できるかを考えてみよう。もしあなたとパートナーが一緒に映画を観たのであれば、単にストーリーを蒸し返すのではなく、その映画が伝えるメッセージと、それがあなたの人生にどのように関係しているかについて話してみよう。

チャップマン博士の研究によれば、より深いレベルの思考を行うと、意思決定や計画、目標設定、明晰な思考が行われる脳のセントラルエグゼクティブネットワーク(CEN)につながる速度が30%向上する。

「これは、約20年分の神経機能を取り戻したようなものなのです」と、チャップマン博士。

脳を興奮させる

実は脳は、古くて同じような考え方ややり方を嫌う。つまり、灰白質に刺激を与える最善の方法は、イノベーションを起こすことだとチャップマン博士は説明する。「これは、学ぶことを興奮させる脳内化学物質、ノルエピネフリンの生産を促します」

シンプルなことでも効果はある。職場では、何千回もやったことのあるタスクをするのに別のアプローチを試してみよう。空いた時間には、新しいルートでスーパーに行ったり、近所を歩きながら普段聞かないような音楽を聴いてみよう。

ブレインフォグがひどかったときのデリアは、バナナブレッドを焼いて、お菓子作りという新しい習慣を取り入れてみた。キッチンで時間を過ごすことで驚くほどの喜びを感じられるだけでなく、心配やストレスから脳を背ける機会を作れたとも話している。

「パンを焼くことは、私の脳を休めてくれました」 と、デリア。「仕事が十分にできなかった日でも、なにかを成し遂げたような気分にすらさせてくれます」。これが、頭のモヤを改善するのにも役立っている。

ブレインフォグが、深刻な問題の兆候となる場合はどんなとき?

以下の4つの症状のいずれかを経験している場合は、医師の診察を受け、原因を調べよう。

▶︎何カ月も頭がぼんやりしていて、睡眠時間を増やしたり、ストレスを最小限に抑えたりしても症状は変わらない。

▶︎ブレインフォグによって、仕事や金銭面で大きなミスをしたり、ほかにも大きな悪影響を受けることがある。

▶︎ブレインフォグ以外にも、平衡感覚の変化や新たな痛みなどの症状が現れている。

▶︎家族や友人と交わした会話を覚えていない(でも周りからは、理路整然に話していたと言われる)。

※この記事は当初、アメリカ版『Prevention』に掲載されました。

※この記事は、イギリス版ウィメンズヘルスから翻訳されました。

Text: MEGHAN RABBITT Translation : Yukie Kawabata