弁護士のハンナ(仮名)は、仕事から自宅のアパートに帰ってくると毎晩同じことをする。棚からジンのボトルを取ってグラスに注ぎ、冷蔵庫から取り出した炭酸水で割って飲むのだ。ひと口飲むごとに脳が少しずつスイッチオフしていく気がする。1杯で十分な日もあれば、2~3杯飲まないとダメな日もある。

「自分がアルコールに依存しているとは思いませんが、毎日飲むのは確かです」と32歳のハンナは話す。「仕事がきついのでストレスレベルが高いですし、運動のような(飲酒より)健康的な方法でストレスを解消する時間は無いに等しいですから。ジントニックを1杯、ときには3杯飲むことで脳をスイッチオフしています」

統計を見る限り、ハンナのように毎日飲む人は珍しい。健全な飲酒を推進する英国の慈善団体Drinkawareの依頼で市場調査会社YouGovが行った2023年の年次全国調査Drinkaware Monitorの結果によると、英国女性の飲酒頻度は低下しており、週に1回以下の人は59%と、2019年の54%から少しだけ増加している。また、英国女性の14%はまったく飲まず、69%は英国民医療サービス(NHS)が推奨する週14ユニット未満に抑えている。

でも、世の女性は本当に飲酒量を減らし、禁酒ブームに乗って、アルコールは百害あって一利なしと考えているのだろうか? それとも、人に言っていないだけで実はまだ飲んでいる? 少なくとも今回ウィメンズヘルスが話を聞いた女性たちは後者のようだ。

密かなる飲酒

少し前まで、「よく働き、よく遊ぶ」上司にはワインを飲みながら深夜まで残業しているイメージがあったけれど、そんな上司に憧れる人はもういない。でも、そうやって飲む人は前より“こっそり”しているだけで、絶滅したわけじゃない。お酒さえ飲まなければ健康的なライフスタイルで100点満点を取れるような女性たちは、とりわけ“こっそり”飲んでいる。

「この数年で人と飲む回数は間違いなく減らしましたが、私はいまもアルコールを精神的な支えにしています」と語るのは、ジャーナリストからパーソナルトレーナーに転身した46歳のマリー(仮名)。「子どもができて、夜飲みに行く回数は一気に減りました。フィットネスインストラクターになったのもよかったと思います。二日酔いでできる仕事ではありませんから。でも、私には、不安やストレスを感じると反射的にワインを飲む癖がついています」

そう、世の女性はストレスを和らげてネガティブな感情をなだめるために飲んでいる。その必要性を感じるのは致し方のないことだ。日常的なプレッシャーは増すばかりで、経済的な不安は一向に解放されない。ニュースやSNSでは連日のように恐ろしい世界情勢が報じられる。女性特有の疾患は頻繁に誤診され、専門医の予約は数ヶ月先まで取れない……そんな世の中なんだから。

さらに私たちは映画や音楽などを通じて、友達と一杯やれば心の平穏と充足感が簡単に得られると信じ込まされている。

経済協力開発機構(OECD)が最近の調査の中で33か国におけるアルコールの消費量を比較したところ、英国は飲みすぎる女性が多い国ナンバー1という結果になった(この調査における飲みすぎの定義は一度に6ユニット以上=小さいグラスでワインを3杯以上)。

プラセボ効果かどうかはさておき、お酒を飲むという一種の儀式にリラクゼーション効果があるのは確か。アルコールは脳内のGABA受容体を刺激して、一時的に不安を和らげる。

でも、“こっそり”飲むとは一体どういうことなのか? 「私は大抵、夕飯を作りながら1人で飲みます。1人のときにワインを買って、ハンドバッグに入れたままキッチンに持っていく。そうすれば目立ちません」とマリー。「しかも、私は普通のコップでワインを飲みます。誰かがキッチンに入ってきたら、そのコップを鍋の後ろに隠します。残りがあと少しになったら新しいボトルを開けて、家に誰もいないときに前のボトルを飲み切ります」

「以前は週2~3回で済んでいました」とマリーは続ける。「でも、この1年は家庭の問題と個人的な問題が山積みで、ほぼ毎晩こっそり飲んでいます。他の点では自分の健康に気を遣っているのですが、お酒だけは私の大きな弱点です」

人々が苦労してまで飲酒を隠そうとする理由の1つは、それが“恥ずべきこと”だから。お酒を飲むなんて、自分が目指す健康的な生活から外れている。そう思っている人にとっては飲酒癖がとくに大きな汚点。

「自分のためにならないと分かっていることがやめられない。その事実が人にバレるのを恥じる人は多いです」と説明するのは、行動変容の専門家シャルー・イザディ氏。「そして、いずれ自分の健康を害すと分かっていることをしてしまう理由が分からず、羞恥心と罪悪感に苛まれます」

イザディ氏によると、同じ飲むでも、家で1人で飲んだり、ネガティブな感情に反応して飲んだり、大至急で飲んだりするのは悪い飲み方。

「そうやって飲んでいると言うクライアントは大勢います。彼女たちはアルコールで嫌なこと、つまり不安やストレスや退屈に対処しているのです」とイザディ氏。「密かな飲酒を中心に別の(好ましくない)習慣が築かれてしまい、そこからドミノ倒しのように自分を恥じる気持ちが強くなることもあります」

「メイクを落とさずにソファで寝る癖や、気だるさを理由に朝のエクササイズをサボる癖など、人は認めたがりませんが、飲酒量を減らせないことが直接の原因になっている習慣は多々あります」

飲酒がもたらす羞恥心

front view glass of wine with bottle and chocolate on light background alcohol bar champagne juice drink lemonade
Vlad Serbanescu / 500px//Getty Images

「飲酒が私の受胎能力に悪い影響を与えないか心配です。いつか誰かと家庭を築きたいと思っているので。でも、お酒だけはどうしてもやめられません」とハンナは語る。「独身で一人暮らしの私には、私が飲んでいるのを見てなにか言ってくれる人がいない。友達も、私が家でどのくらい飲んでいるか知りません。そういう話はしませんから」

これこそが飲酒に関する最大の問題の1つ。私たちは飲酒の話をしないのだ。いやいや、しているという人も、本当にするべきときにはしていない。その証拠に、前述のDrinkawareの調査で家族や友達と飲酒の話をすることに抵抗がないと答えた成人は、それぞれ29%と24%に過ぎなかった。また、女性は男性よりも飲酒の話をすることに抵抗があるようで、男性の4人に1人に対して女性では3人に1人が気まずいと答えていた。

その反面、SNSではお酒の話をする人が非常に多い。とくに禁酒をした人は積極的だ。

お酒を飲まないぶん体脂肪が少なく、元気でキラキラした女性たちのアドバイスは、現在の禁酒ブームを牽引している。お酒を飲まない人が変でつまらないと言われる時代は終わり、ノンアルコール飲料と低アルコール飲料の数も無限に増えた(有名人やインフルエンサーが勧める物も少なくない)。でも、自分の飲酒癖に不満を感じている人にとってはトリッキーな状況だ。このブームを「みんな聖人ぶっちゃって」と言って受け流せる人はいいけれど、そうでない人は禁酒に関するアドバイスや励ましを聞くたびに自分を恥じる気持ちが強くなるから。

34歳のローラ(仮名)は現役の教師。子どもがまだ小さくて、自分の時間がほとんどない。「ワインでリラックスするなんて本当は嫌なのですが、クタクタの私には水泳やヨガをするだけの気力も時間もありません。私が少しバランスを取り戻せるのは、子どもの学校が休みのときだけ。お酒に頼って情けないとは思いますが、自分のウェルビーイングに時間をかけられる人が羨ましいという気持ちもあります。私はしたくてもできません」

イザディ氏のクライアントに「この禁酒ブームのせいで自分がますます情けなくなる」と言う人はいないけれど、その可能性があるのは明らか。

「人は禁酒なり食生活なりで自分の健康状態を改善しようとしますが、その過程で新しいことに気付くと、うれしくて人に話したくなるものです。そして、自分の経験を共有すると、ポジティブな習慣が自然と強化されていきます」

「そういう人の話を聞いて、自然と自分の行動を振り返る人もいるでしょう。そして、自分が変えようとしていることを多くの人がいとも簡単に変えているのを見れば、気落ちして当然ですし、自分が取り残されているような感じがしてもおかしくありません」

でも、人の基準で自分の良し悪しをはかっても、自分がますます恥ずかしくなるだけで意味がない。これは飲酒にも言えること。

イザディ氏によると、お酒を控える理由は人それぞれ。「例として、マラソンのトレーニングをしている人や飲酒が人間関係に悪影響を与えている人、仕事で朝が早い人は飲酒量が少ないかもしれません。そういう明確な理由がある人はモチベーションが高いです。逆に、アルコールが体に与える影響を理解したいというようなざっくりした理由の場合は全然違う(前者にはまったく及ばない)モチベーションのレベルになります」

必要なのはオープンな話し合い

DrinkawareのCEOカレン・ティレル氏によると、人の行動は目につきやすい一方で自分の行動は自覚しにくい。前述の調査でも、英国に住む女性の59%は英国全体がアルコールと不健全な関係にあると答えた一方で、自分の飲酒習慣に問題があると感じているのは10人に1人だけだった。

一般的なワインボトルは1本で10~11ユニット。よって、週に3回ワインボトルを半分飲めば、推奨される上限量を超えてしまう。つまり、多くの女性は知らぬ間に“飲みすぎている”可能性があるということ。

「世間では『どんなに飲んでもベッドから出て会社に行ければ大丈夫』と言われていますが、それは拡大解釈です」とティレル氏。「仕事や日常のタスクを全部しっかりこなせていても、ひと晩でワインボトルを半分開けるような生活を送っていれば、飲みすぎで健康を害すことになります」

隠れて飲んでいる人が自分を恥じる気持ちから隠れて飲んでいる場合、その感情で行動が変わる可能性は極めて低い。「自分を恥じる気持ち(および罪悪感や悲しみといった負の感情)でポジティブな行動変容は起こせません」とイザディ氏。行動変容を起こすためには「前向きな気持ちと心の平穏が必要です。そして、自分には十分な力と大切にするだけの価値があると感じていることが必要です」

ティレル氏によると、この状況を打破する秘訣は、自分がなぜ、どのように飲んでいるかをオープンに話すことにある。「私たちは少し前まで、うつや不安どころか仕事のストレスの話すらしませんでしたが、(この10~15年で)社会から一部の偏見が取り除かれて、よりオープンかつ公平な話し合いができるようになりました。でも、アルコールに関してはまだまだなので、国全体の文化を変えるために私たち1人ひとりができることをしなければなりません」

ここで1つ、飲酒量を減らしたり調節したりするのに役立つ現実的なツールを紹介したい。最近では飲酒量を記録するアプリが多数存在している(飲酒量記録アプリ、で検索を)。習慣のモニタリングは、その習慣を変えるための第一歩。アプリ上で飲まなかった日が1日ずつ増えていくのは意外とうれしい。

家からアルコールを排除したり、行きつけの店の前を通らないよう帰り道を変えたりするのも名案。お酒を飲むという選択肢を完全に消してしまえば、そんなに悩むこともない。

見方を変えて置き換える

イザディ氏のクライアントが顕著な行動変容を起こすのは、自分が変えたい習慣のネガティブな側面ばかり見るのをやめて、その習慣が果たす役割や自分のニーズを理解したとき。「(飲酒は恥という)偏見を取り除き、飲酒を自分が頼りすぎている対処方法として捉えてみましょう。お酒を飲むと、どんないいことがありますか? 飲酒以外になにをすれば/使えば、それと同じ結果が出せるでしょうか?」

グラスゴー出身のグラフィックデザイナーのエリン(仮名)は、39歳で乳がんと診断されたのをきっかけにお酒をやめた。「私の場合は考えるまでもありませんでした。飲酒は乳がんの最大の要因の1つですから。かなり簡単にやめられたので自分でも驚きました」。お酒をやめてからは「頭がスッキリしていて気持ちいいです。不安にも別の方法で対処するようになりました。不安なときは長い散歩をしたり、美味しい料理を作ったり、パートナーと正直に話したりしています」

そして、なにをするにも仲間がいれば心強い。「オンラインでもいいので、あなたと同じことをしようとしている人のコミュニティを見つける価値はありますよ」とイザディ氏。とはいえ、一番大切なのは自分なりの方法を見つけること。「これまでの人生でなにが自分のモチベーションを上げてきたか、その結果どのような状況で、どのような習慣が築けたかを考えて、その方法を試してみましょう。あなたはあなたのやり方でやればいいんですからね」
 
※この記事は、イギリス版ウィメンズヘルスから翻訳されました。


Text: Rosamund Dean Translation: Ai Igamoto

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伊賀本 藍
翻訳者

ウィメンズヘルス立ち上げ直後から翻訳者として活動。スキューバダイビングインストラクターの資格を持ち、「旅は人生」をモットーに今日も世界を飛び回る。最近は折りたたみ式ヨガマットが手放せない。現在アラビア語を勉強中。