現代人の性問題、課題は山積みだ。なかでも生殖能力の低下は、ひいては“種の保存”にも関わる大きな問題だ。これはある限られた人だけの話ではないということは、不妊に悩むカップルの多さからも分かるはず。競い合いの社会に慣れてしまった私たちが、その中で勝ち残るために犠牲にしてしまっているものとは?
若い頃の睡眠不足が不妊を招いている?!
前回、若い世代を中心にセックスレスが増えているのは、体の発達と社会生活とのズレが原因と解説してくれた清水教授。
生殖能力の低下も、現代社会の“タイミングの悪さ”が関係しているそう。とくに今まではあまり指摘されてこなかった。でも実は影響の大きい要因として挙げるのが「思春期の睡眠不足」だ。
「生殖能力の低下には環境ホルモンや電磁波、生活習慣などあらゆる要因が関係していますから、これが原因、と一概には言えません。しかしこれだけ不妊が問題になっているということは、誰もが人生で一度は経験するようなことにも、何らかの原因が潜んでいると考えるべきでしょう。
私はその一つに“受験”があると思っています。寝る時間を削って夜遅くまで勉強したり、テスト前には徹夜をして昼夜逆転の状態になったりすることで、まだ発育・発達の途中段階である体にとって望ましい睡眠状態が確保できていない、ということが考えられるからです」
現代人は若いうちからストレスに晒されすぎ
とくに日本は、どの大学を出たかでその後の人生がある程度決まってしまう学歴社会。そのため最近では中学受験も決してめずらしいものではなくなったが、この時期はちょうど初潮・精通の時期、つまり体の生殖機能が成熟を迎えるタイミングと重なってしまっている。
「私たち生き物にとって最も大切なのは生きること、生命の維持です。その最重要課題の前では、生殖は最も優先順位が低い部分。そのため睡眠不足のようなストレスがかかると真っ先に後回しにされ、その影響を強く受けてしまうのです。発育・発達段階では、その影響はさらに大きいと考えられます。また睡眠不足の他に、過度のプレッシャーも、生殖機能には非常に悪い影響を与えますね。
受験による体への悪影響を減らすために、私は日本の大学も欧米に倣い、入りやすく出にくいシステムに変えるべきだと思っています。不妊の問題では、仕事や人間関係のストレスがよく取り上げられますが、現代人のストレスは大人だけのものではありません。若いうちからあらゆるプレッシャーを与えすぎている社会の構造にも目を向けるべきでしょう」
ウェルネスからウェルフェアへ
私たちが今直面しているさまざまな性の問題は、「種の保存」という、人類にとっての大命題にまで徐々に影響を及ぼし始めている、と清水教授。社会や文化とも深く絡み合ったこの問題を解決するために、私たちはどう向き合えばいいのだろう?
「生物としての発展と文明の進化が、正反対に進んでしまった結果が現代の世界です。つまりセックスを不道徳と捉える文化がある限り、生殖の問題を改善することは難しいと思っています。そこで私が提案したいのが「Welfare(ウェルフェア)」です。
日本ではまだあまり知られていませんが、欧米ではすでに一般にも浸透している言葉です。Welfareを直訳すると“福祉”や“繁栄”。つまり自分だけでなく、人間、さらには地球上のすべての生命が繁栄する方向に向かっていこう、という考え方です。
よりよく生きよう、という意味のWellnessという言葉は、私たちの生活にすっかり定着しましたが、これからはWelfareの理念のもとに、文化のあり方を考えていくべきでしょう。科学はもちろん、例えば職種のような個人の問題でも「この世の生きとし生けるものすべてが繁栄できるような社会を作るために、何ができるか」を念頭に考えていく。そして個人のみならず、自分の利益を追求する企業という存在こそ、この理念を取り入れるべきだと思っています」
Text: Megumi Yamazaki
医学博士(和歌山県立医科大学)。大阪府立大学名誉教授。一般社団法人生活健康学研究所理事長。日本放射線ホルミシス協会理事。健康医科学や予防医学の視点から医療関係、スポーツ関係、衣料関係、飲料水関係などの企業顧問として生活の中の健康に関わる製品の安全性と有用性の検証を行い独創的な視点から企業との連携によって製品開発を行う。著書多数。
タレント・アスリートインタビュー・スポーツファッション・ウェルネス記事などを担当。女性誌FRaUでファッション・スポーツ・ダイエットなどの編集キャリアを積み、その後スポーツライフスタイルマガジンonyourmarkのプロデューサーとして在籍後、2022年までウィメンズヘルス編集部に在籍。