“筋膜”はとくにアスリートから注目を浴びている重要な体の組織。でも、筋肉や心臓といった組織ほど目立たないからか、若干謎めいている。

筋膜の仕組みや扱い方に関する研究はまだ初期段階にあるけれど、筋膜が結合組織の網であることは分かっている。

「筋膜は全身に張り巡らされており、すべての筋肉、骨、神経線維、臓器を覆っています。オレンジの果肉を守る中果皮(外皮の内側にある白い綿状の部分)や房に似ていますね」と説明するのは、理学療法クリニック『Fusion Wellness Physical Therapy』に所属する筋膜リリース療法士のレイチェル・フレイ。「筋膜系は、コラーゲンや情報を伝達する感覚組織から成っています」

要するに、筋膜系は全身の細胞を包むクモの巣状の結合組織。クモの巣の先端になにかが当たったくらいなら、その振動が巣全体に伝わる程度で済むけれど、どこかが癒着したり傷ついたりすると、巣全体が本来の働きをしなくなり、大きな問題が生じてしまう。

「筋膜を健康な状態に保つ最善の方法は筋膜を動かすこと。そうしないと人の体は、その人が頻繁に取る姿勢に沿った形になっていきます」とフレイ。でも「ストレッチやフォームローラーで筋膜をリリースすれば、筋膜組織内の液体が流動しやすくなります」

筋膜を動かして守る手段の1つは、筋膜ストレッチ療法を受けること。フレイによると、筋膜ケアは理学療法士や筋膜リリース療法士に任せるべき。でも、筋膜を動かすことのメリットや筋膜ストレッチ療法の仕組みを知っておくのは、誰にとっても大切なこと。

筋膜を動かすことが大切な理由

「健康な筋膜は滑るように動くもの。筋膜の伸縮性と流動性は、可動域をフルに使って筋肉を動かすだけでなく、複数の関節にエネルギーを溜めたり力を分散させたりするうえでも重要です」とフレイ。「ケガや手術をしたり、瘢痕や炎症があったり、悪い姿勢を取り続けていたりすると、筋膜が癒着して柔軟性を失います。筋肉を取り巻く筋膜の動きが悪くなると、その筋肉の可動域が制限されてしまいます」

これで筋膜ケアの重要性は伝わったかもしれないけれど、筋膜はパワフルな線維として知られている。

フォームローラーやトリガーポイントボールを使って癒着した筋膜を“剥がす”のもいいけれど、それが唯一の方法ではないし、最善の方法とは限らない。筋膜ケアではむしろ、筋膜を剥がすことよりも筋膜内の液体の流動性を高めることのほうが重要といえるかも。そこで紹介したいのが筋膜ストレッチという名の療法。

筋膜ストレッチ療法とは

フォームローラーなどで筋膜リリースをしたことがある人は、その痛さを知っているはず。幸いにも筋膜ストレッチは痛くない。もっというと、痛みが伴うべきではない。

筋膜ストレッチにおいて大切なのは、関節の動きをよくして可動域を広げること。このストレッチの目的は、傷ついてスムーズな動きを失った筋膜組織の可動性を高めることにある。

フレデリック・ストレッチ療法としても知られる筋膜ストレッチ療法は、人の手を借りて行うストレッチ(アシステッド・ストレッチ)。「筋膜ストレッチ療法では、資格のある療法士が顧客の体のニーズに応じて、スタビライゼーション・ストレッチで体を安定させたり、コンプレッション・ストレッチで体に圧を加えたりします」と説明するのはクリス・フレデリック。1995年、クリスは妻のアンと共に筋膜ストレッチ療法を生み出して、現在は独自のフレデリック・ストレッチ療法を提供する『Stretch to Win Institute』の共同ディレクターを務めている。「筋膜ストレッチ療法は誕生以来、スポーツ、フィットネス、ウェルネス、さまざまな疾患の治療に応用されてきました」

「ストレッチくらい自分でできる。もしくはジムのストレッチクラスに通えばいいから、筋膜専門の療法士なんて必要ない」と思うかもしれないけれど、筋膜ストレッチ療法は自分1人で前屈したり、トレーナーに脚を持ち上げてもらってハムストリングスを伸ばしたりするのとは全然違う。まず、筋膜ストレッチ療法では通常のストレッチよりも広い範囲がカバーされる。

「筋膜ストレッチ療法では、特定の筋肉を伸ばすストレッチと違って、体を“筋膜でつながった1つのもの”として扱います。全身に張り巡らされた筋膜の網を頼りに、バランスの悪い部位や症状を特定するのです」と説明するのは、RRCA/USATF公認ランニングコーチで公認筋膜ストレッチ療法士のデビー・ウッドラフ。「ランナーに多く見られる足底筋膜炎を例にとりましょう。足底筋膜炎の治療は足を中心に行われることが多いですが、筋膜ストレッチ療法士は足以外の体の部位も考慮します。足の裏は体の背面にある筋膜網の末端なので、筋膜ストレッチ療法士は足だけでなく、つま先、足首、ふくらはぎ、ハムストリングス、臀筋、場合によっては広背筋もチェックします」

筋膜ストレッチ療法では、パートナーがいるからこそ可能なテクニックも使われる。「療法士は、さまざまな部位をゆっくりと揺らしたり引っ張ったりして関節を減圧し、軟組織内のスペースを広げます」とウッドラフ。「私たちが使う固有受容性神経筋促通法(PNF)という手法では、顧客自身が筋肉を収縮させてストレッチの圧力に抵抗する必要があるため、可動域が広がります」。この方法なら筋肉が深部からほぐれていくし、痛みもない。

chiropractor stretches a female patient leg male physiotherapist is helping woman stretching his leg in exercise room
Andrii Borodai//Getty Images

人の手を借りたハムストリングスのストレッチでは、あなたが床であお向けになり、パートナーが脚を持ち上げる。でも、ウッドラフいわく筋膜ストレッチ療法士は、あなたが「痛い」と言うところまで脚を持ち上げる代わりに「顧客の体を痛みのないストレッチに少しずつ慣れさせて、ふくらはぎを使う足関節の背屈(足のつま先を足の甲に曲げる動作)などで可動域を確認します」。その過程では、さまざまな角度から、さまざまな部位を揺らして伸ばすテクニックが使われることもある。

筋膜ストレッチ療法では、筋肉を収縮させてストレッチの圧力に抵抗するよう指示されることもある。なぜ? 私たちの体にはオーバーストレッチを防ぐ伸展反射という機能が備わっているけれど、この機能はオーバーストレッチだけでなく可動域をフルに使った動きも防いでしまう。でも、筋肉を収縮させてストレッチの圧力に抵抗してから緩めると、この伸展反射が一瞬だけ働かなくなるので、その人の可動域に応じた安全な範囲内で、より深く気持ちよく筋肉を伸ばすことが可能になる。

要するに、筋膜ストレッチ療法の目的は、痛いと感じるところまで伸ばすことでも、筋膜リリースの支持者たちがいうように「筋膜の癒着を無理やり剥がす」ことでもない。この療法の目的は、筋膜を“滑るように動く”状態に戻すことで可動域を広げ、筋膜の網全体のコミュニケーションを活性化することにある。

筋膜ストレッチ療法のメリット

筋膜ストレッチ療法の最大のメリットは、体の動きがよくなること。スポーツや日常的なアクティビティにおける体の動きがよくなれば、気分とパフォーマンスもよくなって、よりハードなトレーニングに対する自信が出てくる。

「筋膜ストレッチ療法を続けていると、体の痛みが減ってきて動きがよくなり、運動パフォーマンスやバランスが向上します。血流・血行も改善するので体の回復が早くなり、普段の姿勢もよくなります」とウッドラフ。「筋膜ストレッチ療法の価値は、少なくとも3回受けてから判断しましょう。足底筋膜炎、座骨神経痛、肩の問題(四十肩や五十肩と呼ばれる肩関節周囲炎など)が大幅に改善することもありますよ」

筋膜そのものに関する研究が始まったばかりのいま、筋膜ストレッチ療法に特化した研究結果は少ないけれど、米アリゾナ大学が行った小規模の研究では、非特異性腰痛を持つ10名の参加者が筋膜ストレッチ療法を受けたところ、痛みのレベルが低下して、日常的なタスク(料理や掃除など)に取り組みやすくなった。

アイルランド王立外科医学院スポーツ・運動医学部も2018年に小規模の研究結果を発表している。健康なアスリート14名が参加した同研究では、筋膜ストレッチ療法に筋力、体力、可動域、固有受容覚を改善する作用が見られた。

科学的なエビデンスは少ないけれど、筋膜ストレッチ療法の顧客や療法士からのフィードバックは、この療法の有効性を示している。「筋膜ストレッチ療法は、私たちの顧客の1人で400メートル走者のサーニャ・リチャーズ=ロスを含む多数のオリンピックランナーに用いられてきました。NFLのアメフト選手にはとくに多用されています」

筋膜ストレッチ療法で改善しやすい疾患やケガの種類は、まだ特定されていない。でも、筋膜ストレッチ療法は、可動域を広げ、痛みを減らし、可動域関連のケガの症状を和らげるために作られているので、軟組織のケガで体の動きが制限されている人は試してみるといいかもしれない。

筋膜ストレッチ療法を受ける前に

ほかの療法と同じで、筋膜ストレッチ療法にも正しい心構えが必要。なによりも大切なのは「痛くなければ意味がない」という考え方を手放すこと。筋膜ストレッチ療法には、そもそも痛みが伴わない。「多くの人は痛いことを期待して、痛くなければお金の無駄と言いますが、それは違います」とウッドラフ。「筋膜ストレッチ療法は、体をやさしく動かしながら伸ばすことで、可動性と柔軟性を高める無痛の療法です」

でも、自分の運動経験や、これまでにしたケガや手術の内容を療法士に伝えておくのは大切なこと。関節の可動性が高すぎるハイパーモビリティの場合も、その事実を療法士に伝えておけば「柔らかい部位を固定しながら硬い部位を動かしてもらえます」とフレデリック。

young woman stretching legs after training with a help of a trainer
FluxFactory//Getty Images

これは大事なポイント。筋膜ストレッチ療法は動的な療法なので、理学療法と同じように体を動かす必要がある。受け身のマッサージと同じように「ベッドで横になっていれば、療法士がすべてやってくれるわけではありません」とウッドラフ。筋膜ストレッチ療法の顧客には 筋肉を収縮させて圧力に抵抗したり、トレーナーが可動域を広げるために、あなたの四肢を多方向に動かすのを助けたりといった積極的な姿勢が求められる。

例えば、あなたの大腿四頭筋がパンパンに張っているとしよう。この場合、筋膜ストレッチ療法士は、あなたを横向きに寝かせて、大腿四頭筋だけでなく大腿四頭筋と股関節屈筋の両方をストレッチする。大腿四頭筋のストレッチでは、その筋肉全体にアプローチするべく、さまざまな角度から伸ばしたり脚の向きを変えたりすることも考えられる。いきなり頑張りすぎたときに起こりやすいシンスプリントでは、スネに加えて、ふくらはぎも治療の対象になる。

だから筋膜ストレッチ療法を受けるときは動きやすい服を着て靴下を履き、セッションの前後では毎回必ず水分補給を。「筋膜ストレッチ療法で筋肉痛になることは稀ですが、運動不足の人は翌日に少し痛みを感じるかもしれません」とウッドラフ。

手術を受けたばかりのとき、ケガをしたばかりのとき、ほかの治療を並行して受けているときも、その旨を療法士に伝えよう。筋膜ストレッチ療法を受ける前に担当医の承認が必要になることも。

まとめ

運動パフォーマンスの向上やペインマネジメントを目的としたセラピーのオプションは、この数年で確実に増えている。筋膜に関する研究はまだ初期段階にあるけれど、セラピーが筋膜の健康・柔軟性・反応性の維持に役立つことを示すエビデンスは存在する。筋膜ストレッチ療法のような低刺激のセラピーは、十分な可動域をキープしながら筋膜の健康を支えるうえで有効な手段。ケガや組織損傷のリスクも少ない。

※この記事は、アメリカ版『Runners World』から翻訳されました。

Text: Laura Williams Bustos, M.S. Translation: Ai Igamoto