残業が体に与える影響とは?
清掃員しか残っていない夜の会社で週に何日も残業する人は、混み合った通勤電車の中で明日のTo-Doリストを確認し、....
清掃員しか残っていない夜の会社で週に何日も残業する人は、混み合った通勤電車の中で明日のTo-Doリストを確認し、日曜の夜は、ほぼ間違いなく受信箱をチェックして過ごすワーカホリック。イギリス版ウィメンズヘルスが実践する、この習慣を変える方法をチェックして。
残業問題
最近のヨーロッパ労働状況アンケートで、イギリスは「(ヨーロッパで)最も残業の多い国」に選ばれた。
英国人材開発協会(CIPD)の調査によると、イギリス国内の労働者の40パーセントは、1日5回も就業時間外に仕事メールをチェックする。そうするべきでないことは誰もが知っているはず。
ESCPヨーロッパと英キャス・ビジネススクールがヨーロッパで働く5万2千人を対象に行った調査では、労働時間の長い人はストレスと疲労の度合いが高く、仕事への満足度が低いことも分かった。
働きすぎは心身の健康だけでなく、キャリアにも悪影響を与える。調査報告書の作成に携わったアルヨロ・アヴゴースタキ博士によると、「社内で昇進する機会が減り、職を失う可能性が高くなり、仕事に対する評価が低くなる」そう。
報告書の共著者ハンス・フランクフォート博士は、「残業中に大急ぎで仕上げると、アウトプットの質が下がるのでは」と推測する。つまり、辛抱強く努力を続け、褒められるのを待っている間にアウトプットの質が下がり、あなたの昇進を決める立場にいる人たちが、その変化に気付くというわけ。
これは非常によくある問題。調査チームは、労働組合の影響力の低下が、労働者が労働条件に抵抗しにくい環境を作り出しているのでは、と考えている。また、あらゆる産業で大量の失業者を生んだ2008年の経済危機以降、解雇を免れた人は仕事があるだけ恵まれており、失業した人の分まで頑張るべきだという “暗黙の了解” が雇用主と従業員の間にあることも指摘している。
Text:Claudia Canavan Translation:Ai Igamoto Photo:Getty Images
現代の職場における残業
人気ジャーナリストのダン・リオンズは、著書『In Lab Rats: Why Modern Work Makes People Miserable』の中で、残業中毒の原因が「バーンアウト(燃え尽きること)」を前提としたビジネスモデルにあることを説明している。このモデルはシリコンバレーに端を発し、他の産業でも広く用いられているもの。例えば、有能な人材を採用し、週100時間勤務を12~18ヶ月間続けるように促す。彼らが燃え尽きて退社したら、新しい人材で置き換える。
これは、人材を有効に使うビジネスモデルではない。英ウィメンズヘルス編集長のクレア・サンダーソンが言うように、「毎日12時間も働いていたら、生産性が低下する。その状況でベストな仕事ができる人なんていない」
「誰だって、仕事は就業時間内に終わらせられるべき。それが難しいのなら、社員のワークライフバランスを犠牲にし、不満を溜めさせるのではなく、それを直属上司に伝えられる社内風土を作らないと。私は毎日定時に会社を出る。部下にも定時で帰って欲しいから」
残業にまつわる問題は生産性の低下だけではないけれど、プレッシャーの高い環境で長時間働くことがもともと仕事の一部だと、定時で帰るのが難しいときもある。
当時見習い医師1年目のポピー・ムーア(仮名)にとっては、シフト勤務を終えてから病棟に5時間残るのが当たり前だった。「人の命を扱っているので、仕事を中断して帰るなんて不可能」
「それに、イギリスの病院は人手不足だから、『帰りなさい』なんて誰も言ってくれない。でも、医大を出たばかりの新人にとって、病院は競争の激しい環境。働き者で仕事ができると思われたいから」
その結果、寝ているか働いているかの日々が延々と続いた。友達の誕生日会も飲み会もブランチも見逃し、コンビニのカップ麺で生き延びる。それでも彼女は、新しい病院のオリエンテーションに出掛けようと身支度をしているときに突然涙が溢れてくるまで、自分の気持ちを誰にも打ち明けなかった。
先輩に相談した結果、ポピーは行動認知療法と精神療法を受けることになった。
働きすぎが台無しにするのはキャリアだけじゃない。近年の研究によると、残業には目に見えない犠牲が伴うことも明らかになった。
社会医科学の専門誌『Social Science & Medicine』に掲載された論文によって、週39時間以上の労働(お昼休みを除く1日7時間の労働で週35時間)が、メンタルヘルスに悪影響を与えることが分かった。でも、残業をすると体にも負担がかかる。
労働者の健康状態を10年間追跡し、心臓学専門誌『European Heart Journal』に掲載された研究結果は、週55時間以上働く人が不整脈になる確率は、35~40時間働く人の1.4倍であることを示している。
残業が健康に与える影響
残業がライフスタイルに与える悪影響を考えれば、それがなぜ人体に有害なのかが分かるはず。医学専門誌『British Medical Journal』が発表した既存文献のメタ分析は、長時間労働によって人々が危険な飲酒に走ることを明らかにした。週49時間以上働く人は、35~40時間働く人に比べて、アルコールを過剰に摂取する確率が高い(女性の場合は週14ユニット以上、男性の場合は週21ユニット以上。※1ユニット=純アルコール8グラム)
このような研究結果を自分には無関係だと無視するのは簡単。でも、残業で失われた夜を取り返そうと、大量のワインを手酌したことは本当にないだろうか?
定時に会社を出ても、自宅で仕事メールをチェックする人は要注意。米バージニア工科大学の研究チームは、「会社にいなくても仕事はできる」という会社からの期待だけでストレスが増幅することを発見した。つまり、積極的に残業しなくても健康は悪化するということ。
週に少なくとも30時間働く人を対象としたこの研究では、「仕事メールに返信しないと後ろめたく感じる」と回答した人の不安度は、そう感じない人よりも高かった。
41歳の元大学教員、プラギャ・アガルワルは、仕事がメンタルヘルスに与える影響を痛いほど知っている。
イギリスの著名な大学で10年以上管理職に就いていた彼女は、基本的に24時間電話に出るものと思われていた。「同僚が夜中の2時にメールを返してくるのなら、私にも同じことが期待されているわけでしょう」
バカげた時間帯にメールを書いていなくても、いつでも電話に出られる状態にするということは、常に仕事モードでいることを意味する。「日中は教壇に立ち、夜は研究に励み、夏休みは学会に出席」しながら、パートナー(今は夫)と娘のために時間を作るという生活を何年も続けた結果、プラギャは不安神経症の診断を受け、退職届を出すことになった。
ここまで読めば、今すぐ海外に逃げたくなるのも当然。でも、諦めを嫌う社風の中で自分を犠牲にしないためには、どうすればいいんだろう?
クレアいわく、変化はトップダウンで導入されるべきもの。「編集者としてウィメンズヘルスに来たとき、残業癖のあるチームを引き継いだ。みんなやる気がなかったし、今にでも辞めそうな人もいた」
残業問題を解決するには
「その風土を意識的に変える必要があった。マネージャーには、部下の模範となり、チームのためにセルフケアを行う責任がある。毎日(本当に必要な場合を除いて)定時に会社を出ることで、『みんなにもそうして欲しい』という私の気持ちを伝えている。残業しない人のブラックリストなんて存在しないことも分かって欲しい」
でも、クレアのような賢明な上司が誰にでもいるとは限らない。ポピーの場合は、セラピーが意思決定に役立ったという。医療現場でのプレッシャーが近いうちに和らぐとは思えず、彼女は自分の置かれる環境を自分で変えることにした。
「自分のシフトが終わった時点で帰るのには違和感があるけれど、最近は無理にでも自分を帰らせている。リラックスする時間があると、自分の心境も働き方も変わるのね。必要に応じて残業する日もあるけれど、それは例外であってルールではない。事態が悪化する前に変化を起こして本当に良かった」
一方のプラギャは燃え尽きて初めて、常に “オン” の風土が自分に合わないことを知った。教員職を引退した彼女は、しばしの休養を取ってから、ヴィーガンアート専門サイト「The Art Tiffin」を設立した。
今では好きなときに好きなことをしているというプラギャ。深夜2時に電話が鳴ることもない。習慣を変えるには時間がかかる。自分の意欲を証明しようと今日まで四六時中働いてきた人が、明日から定時で帰ることもないだろう。でも、ワークライフバランスはセルフケア。つまり、自分を大切にすること。
「残業するのが当然という社風の会社に勤めているなら、勇気を出して誰よりも早く帰るか、その会社で働くこと自体を考え直して」とクレアは続ける。「私自身、そういう会社にいたこともあるけれど、やっぱり関わりたくはないわね」
仕事メールは、明日の朝も受信箱に入っているはず。あなたの意欲を示すのは、今日じゃなくてもいいんじゃない?
※この記事は当初、イギリス版ウィメンズヘルス2019年1~2月号に掲載されました。
※この記事は、イギリス版ウィメンズヘルスから翻訳されました。