子どもの頃のストレッチは単純だった。体育の授業では校庭を軽く走ったあとに、先生の指示に従って5分ほど前屈や屈伸をするだけで◎がもらえた。だから、大人になってもワークアウトの前後に入念なストレッチをする気になれない。

でも、ヨガ、フォームローラー、筋膜リリースと同じようにストレッチが流行りだすと、あの単純な感じが失われ、そもそもの目的が分かりにくくなってきた。ストレッチに関する常識を覆すような研究結果が次々と発表されて、一般の人たちが信じてきたストレッチの定義と衝突している。

もはや「いつ、どのようなストレッチをするべきなのか」も、「体によいなら好きなだけやっていいのか」も、「やりすぎになることはあるのか」も分からない。

幸い、このような疑問に対する答えはすでに出ており、素人にも分かるくらい単純明快。ただ、パフォーマンスや軟組織にダメージを与えない安全かつ効果的なストレッチを習得するには、これまでの考え方を変える必要があるかもしれない。

まずは可動域と柔軟性の理解から

本題に入る前に、まずは可動域と柔軟性の意味と違いを理解することが大切。

可動域は、“設計上”、その関節が理想的な条件下で動ける範囲のこと。骨格(関節の配置、深さ/浅さ、関節にくっ付いている骨の大きさと角度)は人によって違うので、可動域も人それぞれ。可動域は、可動域を広げたり狭めたりする役割を担う軟組織(腱、靭帯、筋肉)の接続ポイントや遺伝的な伸縮性によっても変わる(非常に不安定な肩関節から上腕の骨が離れないのも、腱、靭帯、筋肉のおかげ)。

一方の柔軟性は、その関節が理想的な可動域内で無理なく動ける範囲のこと。あなたの股関節の可動域を設計上X°とした場合、あなたが実際に股関節をX°まで動かせるなら柔軟性は高いと言える。逆に、なんらかの要因でX°まで動かせないときは柔軟性が低くなる。関節を最大可動域まで動かせなくなる要因は、筋肉のコリ、筋肉バランスの不均衡、過去のケガ、瘢痕組織、筋量や体脂肪の増加など。

フィットネスにおいて柔軟性が重要とされるのは、体をグニャグニャにすることが重要だからじゃない。痛みや問題を抱えることなく、自由自在に動くための可動域を維持することが重要だから。

つまり、ストレッチ(と関連するエクササイズ)の目的は、あなたの健康およびフィットネスの目標に応じて関節の可動域を広げ/維持すること。

「ストレッチの基本原理は、関節と筋肉という2つの構成要素のうえに成り立っています」と説明するのは、シダーズ=サイナイ・ケルラン=ジョーブ研究所の整形外科医で、アムジェン・ツアー・オブ・カリフォルニア(自転車レース)のメディカル・ディレクター兼チーフ・メディカル・オフィサーのM・ラミン・モダバー医学博士。「私たちが体を柔らかくするのは、この関節と筋肉を守るため。無理に伸ばして、筋/コラーゲン線維を傷つけるためではありません」。ストレッチの本当の目的を理解したうえで、適切かつ無理のないストレッチとテクニックを選んでほしい。


ストレッチが強すぎることはある?

asian woman stretching her back in a training gym
kazuma seki//Getty Images

ひとことでいえば、ある。現在の柔軟性や関節の可動域を超えるほど強く伸ばすのは“やりすぎ”。

この問題は、開脚や難しいヨガポーズをマスターするべく、必死で体を柔らかくしようとしている人に起こりがち。その人たちは痛くても我慢しなければならないと思い込んでいるけれど、そんなことを勧める専門家は1人もいない。ストレッチは、痛みのない範囲でやさしくするもの。

「矢状面(しじょうめん:体を左右に等分に分ける面)でも前額面(ぜんがくめん:体を前後に分ける面)でも水平面(体を上下に分ける面)でも、体が許す範囲以上に伸ばしてはいけません」と警告するのは、カイロプラクティックとスポーツリハビリテーションの専門家で認定ストレングス&コンディショニングスペシャリストのマット・タネバーグ博士。「ストレッチに体が抵抗するときは、そのストレッチを一旦やめて、フォームローラーやマッサージガンで筋肉をほぐしてから、もう一度ストレッチしてみましょう。体が許す範囲以上に伸ばすのは、ケガにつながるので危険です」

ストレッチの頻度が高すぎたり、時間が長すぎたりすることはある?

ストレッチの種類を意識している限りは(例:ワークアウト前は動的ストレッチしかしない)、頻繁に行っても長めにしても問題ない。むしろ、タネバーグ博士は頻繁に長く行うことを勧める。「ワークアウトの前後には必ずストレッチをしてください。ワークアウトの前には動的(ダイナミック)ストレッチ、ワークアウトの後には静的(スタティックス)ストレッチがオススメです」

リラクゼーション目的で朝と夜にストレッチするのもOK。「頻繁でも、やさしいストレッチなら、ケガにつながる可能性は低いですから。ストレッチに対する体の反応(例:ストレッチをした翌日は体の痛みがない/少ない)に注意を払ってみてください」とモダバー博士。「輪ゴムを例にとりましょう。ゆっくりと一定かつ中くらいの力で伸ばせば、切れることはありません。でも、無理やり伸ばしたり、伸ばす力を急に強くしたりすると、パチンと切れてしまいます」

限界を超えるまで伸ばさなければ何年も繰り返し使える輪ゴムと同様、ストレッチが筋肉と関節に与える影響を意識していて、ストレッチ後に痛みが出ることもないのなら、頻繁にしても時間をかけても大丈夫。

厳密に言うと、ちょっとした痛みなら許容範囲。ストレッチを始めたばかりの人はとくに痛みを感じやすい。でも、ストレッチのあとに体がひどく痛む場合は、1~2日空けてから同じストレッチを“今度はやさしく”してみよう。

避けるべきストレッチの種類とは?

「筋肉が冷えている状態でストレッチするとケガをしない」というのは過去の迷信。「90年代の古い研究結果は、ウォームアップでストレッチをすると、ケガのリスクが低下する可能性を示していました」と話すのは、米プロビデンス・セントジョーンズ・ヘルスセンター付属パフォーマンスセラピーセンターの理学療法士ジョシュア・テバンジン。「でも、近年の研究結果を見る限り、静的ストレッチにも動的ストレッチにもケガを防ぐ力はありません」

事実、長めの静的ストレッチ(例:30~60秒の前屈)をすると、パワー・スピード・筋力を必要とする運動のパフォーマンスが下がってしまうこともある。「最新の研究により、静的ストレッチをしたあとは、10~15分にわたって筋肉が不活性になることが判明しました」とタネバーグ博士。これでは、短距離走で隣のランナーを抜こうとしても、本来のパワーが出せずに終わってしまう。

だからといって、ワークアウト前のストレッチを丸ごとスキップすることはない。ワークアウトの前と後で、適切なストレッチの種類が違うというだけ。

ワークアウト前に行うべきストレッチとは?

ワークアウト前はしっかり体を温めることがなによりも大切なので、軽い有酸素運動(ウォーキングや低強度のランニング)をしてから、筋肉を最大可動域で動かす動的ストレッチをするといい。「筋肉は少し温めてから伸ばしましょう」とモダバー博士。「筋肉は、血流の増加と体温の上昇に合わせて、自然としなやかになるものです。しなやかになってからストレッチしたほうがケガはしにくいはずですよ」

動的ストレッチをしたいなら「これから行うワークアウトの動きに似せましょう」とタネバーグ博士。「スクワット系のワークアウトをするのであれば、ウォームアップで自重のスクワットをしてください」。そうすれば、ハードなワークアウトに向けて筋肉と関節の可動域を最大限に広げられる。

ストレッチでケガをしやすいのは、どんな人?

ストレッチがケガにつながることは少なく、あったとしても大抵はうっかりミス(例:つい伸ばしすぎてしまった)によるもの。でも、一部の人は他の人よりストレッチでケガをしやすい。

「生まれつきコラーゲン線維が弱いエーラス・ダンロス症候群の人は、関節が不安定だったり、靭帯や腱の伸縮性が高すぎたりするため、“伸ばしすぎ”によるケガをしやすいです」とモダバー博士。「また、関節のケガや手術をすると、その部位に瘢痕組織が生じます。瘢痕組織は普通の組織よりも柔軟性が圧倒的に低いので、やさしく少しずつ伸ばす代わりに突然グッと伸ばすと、瘢痕組織が引き裂かれてしまうかもしれません」

結論:ストレッチは、体の声を聞きながら気持ちいいと感じる範囲で

ストレッチを含め運動では、体の声に耳を傾けることが大切。モダバー博士いわくストレッチの内容は、その運動で求められることを考慮に入れて決めるべき。例えば、ランニングはとくに脚を使う全身運動なので、ウォームアップで動的ストレッチをするときは下半身を重点的に。胸を開いて背筋を伸ばすのも、フォームの確認になる。

※この記事は当初、アメリカ版『Bicycling』に掲載されました。

※この記事は、アメリカ版『Runners World』から翻訳されました。

Text: Laura Williams Bustos M.S. Translation: Ai Igamoto