ランニングが体によいのは間違いない。代謝を促し、骨と関節を強くして、がんのリスクを下げてくれる。でも、多くのランナーが声を揃えて言うように、定期的に走ることのメリットは身体的なものにとどまらない。ランニングは私たちの人格にもよい影響を与えてくれる。

「ランニングによって、自分でも気付かない人格的な特徴が掘り起こされ、解き放たれることがあります」と語るのは、医学書『Running as Therapy: An Integrated Approach』の共編者で米テンプル大学キネシオロジー学部のマイケル・サックス教授。「ランニングは、人生の一領域における自分の能力を教えてくれます。それが社会、プライベート、仕事といった他の領域の目標達成を後押ししてくれるのです」

なるほど、でも具体的にはどのような方法で? ランニング歴41年のサックス教授とランニングによって人格が変容した読者たちの話では、ランニングは主に7つの方法で私たちをいまよりやさしくて強い人間、ひいては全体的により良い人間にしてくれる。

1.精神的に強くなる

ライフコーチのアンドレア・ハンソン(39歳)は、ランニングをしていると「自分が信じられるようになる」と言う。彼女がランニングを始めたのは、2000年に診断を受けた多発性硬化症の進行を遅らせるため。でも、すぐにランニングは人を精神的に強くすることに気付いた。「苦しくても最後まで走り抜く自分の姿を見ていると、自分は障害を乗り越えられる人間だという自信と信頼が生まれます」

つい最近、夫の転職で家族一同テキサス州ダラスからコロラド州カーボンデールに移り住んだときも、この経験に助けられた。コロラドに知り合いは1人もおらず、ハンソンにとってダラスとカーボンデールは「昼と夜くらい違う」都市。

「最初のうちは見知らぬ世界に迷い込んだ“よそ者”のような気分で」、スーパーに行くだけでも気が重かった。でも、ハンソンは塞ぎ込む代わりに、ランナーとしての経験に慰めを見い出した。「私の体がランニングに慣れるのに時間がかかったのと同じで、私の心がカーボンデールに慣れるのにも時間がかかることは分かっていました」。それから2カ月経ったいま、新しい街での暮らしを語るハンソンの表情は喜びに満ちていて、とても穏やか。

「いつも心の片隅で大丈夫、何とかなると思えていたのは、ランニングをしていたからです」

2.困難がありがたく思えるようになる

作家でモチベーショナルスピーカーのアクシェイ・ナナヴァティ(32歳)によると、ランニングは苦しみや困難に感謝することを教えてくれる。ナナヴァティが本格的にランニングを始めたのは、米海軍の一員としてイラクに派遣された2007年。戦地生活のストレスを和らげる目的で所属部隊の基地の中を走り始めた。長いときには一度で4時間。ランニングの単調な動きのおかげで心が落ち着き、混乱の中で自分を見失わずにいられた。

その後、アメリカに帰還したナナヴァティはPTSD、アルコール依存症、自殺願望に苦しんだ。でも、それを乗り越えるための対処メカニズムになったのは、やはりランニングだったそう。

「ランニングのおかげで私は、起業と執筆に伴う困難を耐え抜くどころか逆に楽しみ、数々の難題も乗り越えることができました」とナナヴァティ。「苦しみは、終わらせるためというよりも、生きる意味を思い出すためにあるものだと思っています」

ナナヴァティの最新の目標は、世界中の全ての国で走ること。2017年の時点で8カ国。とはいえ「大事なのはゴールそのものよりも、そこに辿り着くまでの過程です」

3.変容能力が高くなる

宣伝部長のフィリス・ストランド(56歳)は6年前まで「追いかけられても走らない」タイプだった。でも、原因不明の右目の視力喪失で自分の健康状態を見つめ直す他なくなった。

当時の担当医に勧められてランニングを始めたストランドは、それから体重を36kgも減らし、健康上の問題を全て乗り越え、ハーフマラソンとフルマラソンを何十回も完走した。また、この変化をきっかけに、会社でヘルス&ウェルネス関係の取り組みを始めたばかりか、ランニングコーチとしてニューヨークシティマラソンに10人の同僚を送り出した。「ランニングのおかげで私は、自分の健康を自分でコントロールしていると思えるようになりました。他の人にも同じように感じてほしいと思っています」

サックス教授は、この心理的な変化を“変容能力の拡大”と呼ぶ。

「ランニングをしていると、自分にはポジティブな変化を起こし、自分だけでなく人類や社会全体の利益のためにエネルギーを使う能力があることが分かってきます」とサックス教授。そして「この能力は、人生のさまざまな側面に波及します」

4.自分に自信がつく

ランニングを始めたことでストランドには自信もついた。それも、とても大きな自信が。ランニングを始めるまでは、八方美人で人に合わせてばかりだった。「自分の幸せより人の幸せを優先するタイプでした」

でも、ランニング後の幸せな気分の中で、自分自身や自分の喜びを優先しようという気持ちになった。その影響はストランドの考え方にも波及して、人間関係を改善させた。「他者よりもまず自分をいたわり、身体的な達成感を繰り返し得ることで、母親としても祖母としても同僚としても成長できている気がします」

5.創造力が増す

「近所を一周するような走り慣れたルートでは、他のことを考えながら走れます。自分の世界に入ったり、クリエイティブな方法で問題を解決したりするにはいいですよ」とサックス教授。これには科学的な裏付けもある。学術誌『Creative Research Journal』に掲載された2011年の論文によれば、適度な有酸素運動をすると、その直後から2時間後にかけての創造力が高くなる。

その好例として、実業家のクリス・ポエルマは、マラソンのトレーニングの最中に5つの新規ビジネスを考案した。ほぼ毎朝、1週間で計80K走るというポエルマにとってランニング中は、この上なく頭が冴えて、誰にも邪魔されることなく問題解決に集中できる貴重な時間。「問題が難しければ難しいほど、走る時間は長くなります」と笑う彼は、海外のビジネスパートナーとの複雑な交渉を前にして、両者両得の解決策を考えながら30K近く走ったこともある。

「走りそびれた日は、どうも頭がスッキリしません。それで無駄に判断を急いだり、よく考えずに決断したり」とポエルマ。「ランニングをすると、目の前のことがよく見えるようになるのかもしれませんね」

6.仲間意識が芽生える

走っていると、内因性カンナビノイドというホルモンによって心地よい気分(別名ランナーズハイ)が誘発される。しかも、この感覚は伝染する。

ランニングはときとして孤独なスポーツ。でも「ランナーを見ていれば、このスポーツが友情や仲間意識を育むことも分かるでしょう」とサックス教授。「みんな笑顔を交わしたり、手を振ったり、助け合ったりしています」。思い出すのはフィラデルフィア北西部で参加した7Kのトレイルラン。当時はまだランニング初心者だったサックス教授がつまづくと、後続のランナーがすぐに手を差し伸べて、そのトレイルの走り方を教えてくれた。

ストランドをランニングの虜にしたのも、この和気あいあいとした雰囲気だった。生まれて初めて参加したレース(毎年ニューヨークシティマラソンの前日に開催されるDash to the Finish Line 5Kマラソン)のスタート付近で、初対面の気さくな参加者たちとおしゃべりしたのがレースそのものと同じくらい楽しくて、「これぞ自分が求めていた協力的でポジティブなコミュニティだと思った」そう。

7.謙虚になれる

予想外の痛みに襲われ、あるいは何時間も辛いトレーニングを積んだのに思い通りの走りができず、自分の名前の横に「DNF(途中棄権)」の文字を見たときの気持ちは言葉にならない。

「ランニングをしていると、自分の傲慢さを思い知ります」とサックス教授。

ランニングでは、世界一優秀で自信に溢れたランナーでさえ、ケガ、病気、悪天候、荒れた地形などの障害物に道を阻まれ、プライドをへし折られることがある(ポーラ・ラドクリフとエリウド・キプチョゲも、それぞれ2004年のオリンピックと2015年のベルリンマラソンでトラブルに見舞われている)。ランニングに挫折はつきもの。何年も走っていれば、困難に直面しないランナーは1人もいないことが分かるはず。そして、そのような困難が私たちをより良いランナー、そして立ち直りの早い人間にしてくれる。

※この記事は当初、アメリカ版『Runners World』に掲載されました。

※この記事は、イギリス版『Runners World』から翻訳されました。

Text: Jenny Mccoy Translation: Ai Igamoto

Headshot of 伊賀本 藍
伊賀本 藍
翻訳者

ウィメンズヘルス立ち上げ直後から翻訳者として活動。スキューバダイビングインストラクターの資格を持ち、「旅は人生」をモットーに今日も世界を飛び回る。最近は折りたたみ式ヨガマットが手放せない。現在アラビア語を勉強中。