米ジェームズ・マディソン大学で幸福論を教える心理学教授のハイメ・クルツ博士は、自分が恵まれていることに感謝しながら走ることが少なくない。例えば、ボストンマラソンという名誉あるイベントに4度も出場できたこと。そして、米バージニア州シャーロッツヴィルのブルーリッジ山脈という美しい自然の中を普段から走れること。

感謝は、マラソンランナーのクルツ博士が長年のキャリアを通じて身に付けた数ある習慣の1つにすぎない(博士は、そのこと自体にも感謝している)。

ランニングと幸福が結び付いていることを知ったクルツ博士は、その科学的根拠をもとに、ランニングと人生における幸福度を高めてきた。「幸せになるための戦略には、さまざまなものがあります」とクルツ博士。そして「その中のいくつかはランニングにも応用が可能です」

そこで今回は、もっとハッピーに走って、もっとハッピーに生きるための科学的な方法をクルツ博士が教えてくれた。この記事を読み終える頃には、人生とランニングが互いを映し出す鏡のように思えてくるはず。

ランニングに喜びと幸せを見い出す7つの方法

1.自分の経験をシェアする

これまでの研究で再三証明されている通り、社会や人とのつながりは私たちの幸福度の指標の1つ。クルツ博士は週半ばのトラックランを1人で走り、この時間を自分のペースや頑張り度合いの確認に充てている。その一方で週末は友達と一緒に走り、お互いにサポートしながら親交を深めるそう。

人間関係の質はSNSのフォロワー数より大事だし、一緒に走れば、あっという間に仲良くなれる。共通点が少なそうな人とでも、足並みをそろえれば自然と会話が深くなり、結束が強くなるから不思議。「ランニングが共通の言語や情熱となって、つながりが生まれます」とクルツ博士。「お互い顔を突き合わせていないときは、心を開いて自分の気持ちを語るのも楽ですよ」

トレーニングパートナーがいない人は、地元のランニンググループをチェックしてみて。

2.集団で盛り上がる

“集合的沸騰”は、グループランやレースといった大きなイベントに参加したときの深い喜びを表す言葉。

その一例としてクルツ博士は、パンデミック明けに開催された2021年のボストンマラソンで味わった強い感情を振り返る。「人混みの中で押し合いへし合いしながら大衆の歓声を聞くというのは、実にパワフルな経験でした」とクルツ博士。「この集合的沸騰は小規模のイベントでも感じられます。お互いに面識がなくても同じ経験をするだけで、その時間が一段と有意義で楽しいものになりますよ」

3.恩返しする

悪事を働けば当然ニュースになるけれど、人間は全体的に寛大で、生まれつき人助けを好む生き物。科学専門誌『Nature Communications』掲載の論文によると、親切な行いをするという計画を立てるだけで、喜びや幸福感をもたらす脳の回路が活発になる。

つまり、ランニングに慈善的な要素を組み込めば、大きな満足感が得られるということ。クルツ博士いわく、自分が出場しないレースでボランティアをしたり、ウルトラマラソンに挑戦する友達のサポートをしたり、ランニング初心者のメンターを買って出たりするのはよい例。

クルツ博士の幸福論を履修する学生の中には、ハーフマラソンに向けてトレーニングをしている人が2人いる。そのうちの1人は今回が人生初のハーフマラソンで、授業前にクルツ博士のアドバイスを聞きに来る。「エナジージェルは押し出すタイプのパックに入ったドロドロのやつ」といった感じでランニングの専門用語を説明するのは、クルツ博士にとって長年走ってきた甲斐があったと思える瞬間。自分の知識と経験を使って若いランナーをサポートするのは、多くのものを与えてくれたランニングコミュニティに恩を返す手段でもある。

4.感謝する

感謝を習慣にするのも、科学的に証明されたメンタルヘルスの改善方法。これまでの人生に起きたよいことを思い起こせば、その瞬間に気分が良くなり、希望が抱けるようになる。

クルツ博士によると、1人で走るときは頭の中に自分が感謝するべきことのリストを入れておくといい。このリストには、新しいシューズの履き心地がよいといった小さなことも、周囲の自然や走る能力といった大きなことも含まれる。そして、友達と走るときは、お互いの人生に起きたよいことを振り返ってみるといい。

35歳を過ぎた頃からは感謝することが特に大切。年を重ねると「昔ほど速く走れなくなり、自分を非難してしまいがちです」と語るクルツ博士は、全く走れない友達と話したり、その人たちの気持ちを考えたりしたことで考え方が大きく変わり、いまでも走れる自分の強さと持久力に感謝できるようになったそう。「感謝の念を持って生きれば、自分が恵まれていることに自然と気付けるはずですよ」

5.正しい目標を設定する

種類を問わず一貫した運動は気分の向上をもたらすけれど、限界を突破して自分でも不可能に思えたことを成し遂げれば、その効果が一段と高くなる。「これまでの研究から、苦労しつつも自分で決めた目標を追いかけるのは、生きる意味と幸福度の両方に紐づいていることが分かっています」とクルツ博士。

クルツ博士の話では、どのような目標を設定するかも重要になる。運動心理学専門誌『International Review of Sport and Exercise Psychology』に掲載された最近のメタ分析結果によると、結果ベースの目標(レースのタイムや順位など)は原動力になるけれど、目標に到達できず失望するパターンも多いので、過程ベースの目標と組み合わせるか、過程ベースの目標で置き換えたほうがいい。過程ベースの目標とは、あなたが夢に向かって毎日踏むステップのこと。

例えば、朝早く家を出て、ワークアウトを終わらせたときの満足感を1つの目標にしてみよう。「朝8時までに目標を1つクリアした。それだけで時間を有効に使えている感じがします」とクルツ博士。

6.ヘッドフォンは置いていく

クルツ博士によると、外で走るときは毎回でなくても電子機器を置いていき、周囲の雰囲気に意識を向けたほうがいい。そうすれば、普段の景色が一段と楽しめる。

どこを走るにせよ、細かな点に注意を払って、マインドフルネスを促進することも大切。例えば、土地の隆起、ご近所さんの郵便受けのペンキが剥がれかけていること、土を蹴る足の音。いま、この瞬間を生きる能力は、幸福度だけでなくメンタルヘルスも向上させる。

音楽を聴きながら走る人も、有意義なものが目に入ったら音楽を止めて写真を撮ろう。自然界を堪能すれば、畏敬の念が助長される。畏敬の念は、幸福度、喜び、満足感に直結するポジティブな感情。

7.時間がないことを逆手に取る

意外かもしれないけれど、よいことは長く続かない、いつかは終わるという認識は幸福度を向上させる。「これは時間にも、食べ物にも、お金にも言えることですが、たくさんあると特別感がなくなって、あるのが当然に思えてきます」とクルツ博士。でも、時間などのリソースを希少なものとして見れば、いまよりもっと大切にできるはず。

「1日は長いけれど1年は短い」という格言の通り、時間の感覚には、その人の生き方が反映される。1日1日を大切に生きれば、1年が光の速さで過ぎ去ってショックを受けることもない。

だから、友達とトレーニングをしているときも、ゴールまであと数十メートルになったときも、その輝きに満ちた瞬間が永遠に続かないことを自分自身に思い出させて。どんなレースもいつかは終わる。1つ1つの瞬間に感謝して、幸福感を少しでも長く味わおう。

※この記事は、アメリカ版『Runners World』から翻訳されました。

Text: Cindy Kuzma Translation: Ai Igamoto