焼き立てのパンの匂いがドーパミンを放出させるのは周知の事実。でも、嗅覚を圧倒させる以外の方法で、目の前の食べ物が脳に影響を与えることはあるのだろうか?

食べ物と感情の関係は、嫁と姑の関係と同じくらい複雑。というのも、私たちの気分は、天気や生理を含むありとあらゆる物事の影響を受けるから。そのうえ栄養科学は、科学研究のゴールドスタンダードとされるランダム化比較試験ではなく観察研究に依存するところが大きい。

観察研究では、傾向(よい気分でリンゴを食べた)を引き出すことはできても、因果関係(リンゴを食べたから気分がよい)を証明することはできない。しかも、食べ物には喜び(おばあちゃんのアップルパイ)や嫌悪(学校の給食)といった感情が紐づいているので、栄養科学というのは非常に解明が難しい分野なのだ。

とはいえ、最近は大規模な確固たる研究が増えている。その中でも、食べ物をメンタルヘルス管理のツールとして捉えた研究は特に活発。一例として、2016年の公衆衛生学専門誌『American Journal Of Public Health』に掲載された12000名以上の成人を対象とした全国調査では、野菜と果物を頻繁に食べていると、たった2年で幸福度、人生に対する満足度、ウェルビーイングが向上することが分かった。イギリス版ウィメンズヘルスから見ていこう。

地中海式の食事法

その翌年に行われたオーストラリアのSMILES試験でも興味深い結果が出た。うつ病患者のうち、地中海式の(果物、野菜、豆類、ナッツ、全粒穀物、魚、不飽和脂肪の摂取が多く、赤身肉の摂取が少ない)食事療法を受けた人は、社会的なサポートしか受けなかった人に比べて、12週間後に寛解(うつ症状が一時的に消失)している確率が4倍も高かった。

一部の食べ物で気分が改善する理由の1つは、幸福感をもたらす神経伝達物質のセロトニンにある。セロトニンの産生は、トリプトファンなどの栄養素によって促進される。トリプトファンは卵、チーズ、七面鳥、サーモン、豆腐、ナッツ、シードに含まれるアミノ酸で、こうした食品を糖質が豊富な食品と一緒に摂取すると、脳に取り込まれるトリプトファンの量がさらに増えるとされている。また、ビタミンB群(赤身肉、魚、卵、ビタミンBが強化された朝食シリアルに含まれる)も、イライラや気分の落ち込みを和らげると言われている。

これまでの研究結果を見る限り、オメガ3(サーモンをはじめとする脂の多い魚、クルミ、カボチャの種など)、セレン(ブラジルナッツ、肉、魚、シード、全粒パンなど)、鉄(赤身肉、鶏肉、魚、豆類など)を食生活に取り入れるのも、気分の低下の予防と治療に役立つ可能性がある。ビタミンCが豊富な食材と鉄を含む農産物を組み合わせれば、栄養素の吸収率も高くなる。

脳腸相関

いま現在、栄養科学の研究者が特に興味を持っているのは脳と腸のつながりだ。セロトニンの95%は腸内細菌によって作られる。そのため、腸内細菌のエサとなり、腸内細菌の多様性を高めてくれるプレバイオティクスの食品(アーティチョーク、アスパラ、リンゴなど)とプロバイオティクスの食品(キムチなどの発酵食品や生きた菌を含むヨーグルト)を摂取すれば、セロトニンの産生プロセスが促進される。これに関する有望な研究結果はすでにたくさんあるけれど、うつ病にヨーグルトを処方するには、より一貫したエビデンスが必要になる。

幸いにも、バランスのよい食生活を続けていれば、健康と気分の両方によい栄養素を十分に摂取できる。ポイントは、80gの野菜と果物を少なくとも1日5回、全粒穀物、乳製品か非乳製品の代用品、タンパク質(脂の多い魚x週1回を含む)を中心に摂取すること。エネルギーが徐々に放出される食品(全粒穀物など)を選び、血糖値を安定させることも大切。ご存じの通り、血糖値の急上昇と急降下がもたらす空腹感は、私たちの機嫌を一瞬で悪くする。

気分をよくする食品の例

サーモン:サーモンに含まれるオメガ3脂肪酸のドコサヘキサエン酸(DHA)とエイコサペンタエン酸(EPA)は、一部の気分障害に有効とされている。週に一度は脂の多い魚(調理後で140g)を食べよう。

玄米:玄米には、気分の改善に必要な栄養素(食物繊維、鉄をはじめとするミネラル、ビタミンB群など)がぎっしり詰まっている。玄米は消化に時間がかかるので、グルコースがゆっくりと安定したペースで脳と体に供給される。

リンゴ:1日1個のリンゴで医者知らず、という格言が本当かどうかはさておき、健康心理学専門誌『British Journal Of Health Psychology』に掲載された2013年の研究結果は、野菜に加えて、リンゴなどの果物をそのままの形で頻繁に摂取すると、若い成人の気分が穏やかになり、幸福感と活力が増すことを示している。

※この記事は、イギリス版ウィメンズヘルスから翻訳されました。

Text: Tai Ibitoye Translation: Ai Igamoto

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伊賀本 藍
翻訳者

ウィメンズヘルス立ち上げ直後から翻訳者として活動。スキューバダイビングインストラクターの資格を持ち、「旅は人生」をモットーに今日も世界を飛び回る。最近は折りたたみ式ヨガマットが手放せない。現在アラビア語を勉強中。