頭がボーッとして、何もする気になれない? うつ病や不安障害を抱えている人は、その症状がひどくなっている感じ?

猛暑の影響は至るところに現れる。急激な温暖化で地球が存続の危機にさらされているのは言うまでもないけれど、実は私たちのメンタルヘルスも猛暑の影響を大きく受ける。

その証拠として、精神医学専門誌『JAMA Psychiatry』に掲載された2022年の研究結果は、アメリカでは猛暑になると、メンタルヘルスの治療で救急外来を訪れる人が増加することを示している。

また、気候変動の社会科学専門誌『Nature Climate Change』掲載の2018年の論文によると、月の平均気温が1℃上がるにつれて、自殺率が0.7~2%高くなる。気温が少し上がるだけで、暴行が増えることを示した研究結果も1つじゃない。

気温と気分の密接な関連性を理解するべく、英オックスフォード大学スミススクール(企業の環境保全・サステナビリティ活動を支援・調査する学際的なハブ)で講師を務めるローレンス・ウェインライト博士に話を聞いた。イギリス版ウィメンズヘルスから詳しく見ていこう。


猛暑に対する脳の反応

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PM Images//Getty Images

まずは、猛暑が脳に与える影響を大まかに見ていこう。「脳の主要な領域、特に問題解決能力、論理的思考、注意力を使って複雑な認知作業を行うのに必要な領域(ひとことで言うと認知機能)は、安静時の体温が37℃を超えると低下することが分かっています」とウェインライト博士。

この認知機能の低下の度合いは、体温の上昇率や体の脱水状況、あなたがしている作業の複雑さによって変わる(例えばレストランで20%のチップを計算するのは、12名分のバルセロナ旅行を企画するより簡単な作業)。

この裏にあるメカニズムは複雑で、いまも謎に包まれたまま。でも、このメカニズムに複数の要因が関係しているのは確か。ここでは、その要因を5つ挙げたい。

1.体温調節

「猛暑では、体と脳が体温調節にかかりっきりになります」とウェインライト博士。「それで脳に他のことをする余裕がなくなり、認知機能が低下することは十分に考えられます」

2.脳の辺縁系

ウェインライト博士によると、このメカニズムには情動反応をつかさどる脳の辺縁系も関係している。「これまでの研究結果を見る限り、猛暑による認知機能の低下には、辺縁系も関わっているようですね」

3.寝不足

ウェインライト博士いわく猛暑は睡眠を妨げる。よく眠れなかった日の翌日は、ご存じの通り頭がまともに働かない。

4.水分不足

「体が脱水状態になると、脳は正常に働きません」とウェインライト博士。「猛暑で複雑な認知作業を行う能力が低下するのは、このせいだろうとする研究結果も2~3あります」

5.神経化学物質

このメカニズムには、ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンという神経化学物質の関与も見られる。これらの神経化学物質は喜びを感じたり、注意力やモチベーションを高めたりする上で重要な働きをするだけでなく、体温調節の一翼も担う。

暑さでこれらの神経化学物質のバランスが崩れれば、認知機能が低下してもおかしくない。

猛暑では、うつ病や不安障害の症状がひどくなるような気がする理由

異常気象は、うつ病や全般性不安障害をはじめとするメンタルヘルス疾患の症状を悪化させ、激しい発作を引き起こすことが分かっている。

この理由もまた複雑で、「完全には分かっていません」とウェインライト博士。「これは脳と体の複雑な相互作用によるものです。うつ病や不安障害の本来の性質、治療に使われる薬、猛暑による寝不足や体内時計の乱れなどが全て関係しています」

猛暑でメンタルヘルス疾患の症状が悪化する理由

1.薬の効力の低下

猛暑は、さまざまなメンタルヘルス疾患で処方される薬の効果を弱めてしまう。「過去の研究では、猛暑によって精神疾患の治療に使われる一部の薬の有効性が低くなり、副作用が強くなるという結果が出ています」とウェインライト博士(その詳しい理由は次の項で)。

2.脳の辺縁系機能の低下

情動反応をつかさどる辺縁系の機能が猛暑によって低下するということは、感情の調節が難しくなり、うつ病や不安障害の症状が悪化する可能性もあるということ。

3.神経化学物質の反応

ウェインライト博士によると、先述のドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンは、うつ病と不安障害に関係しており、その治療に使われる薬は、この3種の神経化学物質に作用するのだそう。でも、この3種の神経化学物質が猛暑の影響を受ける上に、体の体温調節プロセスに関わっているから大変(猛暑によって神経化学物質のバランスが崩れ、体の体温調節に支障が出れば、余計眠れなくなって、メンタルヘルスの疾患の症状が悪化しかねない)。

猛暑と神経化学物質の関係を正確に紐解いた論文はないけれど、「一部の薬、ホルモン、体の体温調節プロセスの間には複雑な相互作用があるようです」とウェインライト博士。

4.体内時計の乱れ

「猛暑のせいで眠れなくなる人は多く、寝不足が原因で大うつ病性障害のうつ期に逆戻りしてしまう人もいます」とウェインライト博士。「睡眠の質の低下は、うつ病と全般性不安障害の症状の1つです」

5.体の水分不足

ウェインライト博士によると、体の水分不足がメンタルヘルス疾患に大きな影響を与えることも。「それで薬の作用が変わったり、副作用が強くなったりすることもありますからね」

6.モチベーションの低下

汗の分だけ作業が進むとは限らない。「暑すぎて雑用や仕事をする気になれない日が続き、自分が役立たずに思えてくるかもしれません」とウェインライト博士。この状態がメンタルヘルスに悪い影響を及ぼすのは言うまでもない。


猛暑では薬が効きにくくなる理由

1.体温の変化

ウェインライト博士によると、一部の薬は体温を上昇させる。外気温が高いときは体温が余計高くなるので、「薬の作用が変わってしまい、有効性が下がることも考えられます」

2.体の水分不足

暑さで体が乾くのも要因の1つ。ウェインライト博士いわく双極性障害の薬(リチウムやラモトリギン)は体が乾いていると効きにくい。また、一部の薬(抗うつ剤のセロトニン再取り込み阻害薬など)は発汗量を増減させて、体本来の放熱能力を阻害することがある。

薬のせいで喉が渇かなくなることもある。「抗精神病薬に分類されるクエチアピンは、双極性障害と統合失調症の治療に使われます。適用外ではありますが、医師の判断でうつ病と不眠の治療に使われることもありますね」とウェインライト博士。

「この種類の薬は喉を渇きにくくさせるので、飲む水の量が減ります。それで体が脱水状態に陥ると、メンタルヘルス疾患の症状が悪化したり、薬の副作用が強くなったり、有効性が低くなったりします」

3.神経伝達物質の影響

繰り返しになるけれど、ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンは猛暑の影響を受ける。だから、その量を増やすために使われる薬(セロトニン再取り込み阻害薬など)を飲んでも、暑さの中では効果が感じられにくい。

4.直射日光

薬を直射日光にあてると効力が弱まるので、「うっかり外に出しぱなっしにしてしまった!」というときは担当医に連絡を。


猛暑によるメンタルヘルス疾患の悪化を防ぐ3つのポイント

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Christoph Wagner//Getty Images

メンタルヘルス疾患の症状は人によって大きく違うし、熱の影響の受け方も人それぞれ。よって一番よいのは、かかりつけ医や心理療法士、精神科医の助言を聞くこと。でも、一般的には以下の3点を考慮して。

1.飲酒を控える

「お酒は減らすか、やめるかしましょう」とウェインライト博士。「アルコールは体内の水分を奪いますし、体が脱水状態に陥ると、大うつ病性障害と全般性不安障害の症状が悪化することも分かっています」。日頃から水をたっぷり飲んで、運動後は失われた電解質をスポーツドリンクで補おう。

2.睡眠を重視する

途切れ途切れの睡眠は、大うつ病性障害と全般性不安障害に深刻な影響を与える。寝室は、扇風機やクーラーで可能な限り涼しくすること。日中も、ブラインドを下げて室温の上昇を防ぐといい。

3.自分を責めない

自己批判はやめて自分にやさしく。「猛暑は私たちのパフォーマンスに大きな影響を与えるので、“いつもの自分”と比べないようにしてください。『いつもは9時間働けるのに、どうして昨日も今日もダメなの?』なんて言う必要はありません」とウェインライト博士。「猛暑の影響で、可能だったことが不可能になることはあります」


気候変動を抑えるために私たちができること

多くの人は見て見ぬフリをしているけれど、猛暑も気候変動のせい。ウェインライト博士によると、この問題を解決する上で特に重要なアクションは以下の通り。

・化石燃料の二酸化炭素排出量の削減を政府に求める。
・ネットゼロ(温室効果ガスと二酸化炭素の排出量ーその吸収量と除去量=ゼロの状態)達成に向けた明確な政策と野心的な戦略を持つ政党に投票する。
・大手の企業には、温室効果ガスと二酸化炭素の排出量を自ら測定・削減するよう求める。
・良心的な買い物をする。消費者の判断は非常に重要。何かを買う前に、その商品の環境へのインパクト、つまり、その商品の生産過程や流通過程で排出された二酸化炭素の量を考えて。

※この記事は、イギリス版ウィメンズヘルスから翻訳されました。

Text: Claudia Canavan Translation: Ai Igamoto