学校の昼休みに母親の筆跡をまね、「生理のため体育の授業は休みます」という手紙を書いた経験がある人は少なくない。最近は生理だからといって昔ほどコソコソ(ブレザーのポケットにナプキンをサッと入れたり)する必要はないけれど、運動と生理は相変わらず相性が悪い。

慈善団体ActionAidと市場調査会社YouGovが行った2022年の合同調査では、毎年推定600万人もの英国人女性が生理を理由に運動を避けていることが分かった。生理痛がひどすぎてワークアウトを休むどころか、マグネシウムのサプリメントまで飲まなければならなかったり、ヨガ教室に向かう途中で経血が漏れてしまい、家に引き返すことになったりと、21世紀に入っても生理は健康的なルーティン構築の邪魔をする。

だから「生理周期に合わせて運動すればパフォーマンスが向上する」と言われても、冗談にしか聞こえない。

にもかかわらず最近は、その考え方が一種のトレンドになっている。イングランドサッカー協会(FA)は、イングランド女子サッカー代表チームが2022年の欧州選手権で初優勝した数年前に「生理周期に合わせた健康戦略」を発表した。また『The Times』紙が報じたところによると、チェルシーFCウィメンのエマ・ヘイズ選手は、ホルモンレベルの低下と女性の反応時間の間に相関関係があると考えている。

そして一昨年、運動科学教育プラットフォーム『The Well HQ』は50名の一流アスリートの支援を受けて、#SayPeriod(生理と言おう)キャンペーンを立ち上げた。このキャンペーンの目的は生理に関する議論をスポーツ界でノーマライズすることにあり、その議論の内容は昨年『The Female Body Bible』という本に掲載された。

当然ながら、テック企業もこの流れに乗っており、最近のApple WatchやVodafoneのアプリ『The PLAYER.Connect』には生理周期を記録する機能が搭載されている。パフォーマンスとフィットネスに関するデータを生理周期と照らし合わせながらチェックできる『WHOOP』という画期的なプラットフォームも登場した。

『WHOOP』は昨年の国際ラグビー大会シックス・ネイションズに向けた準備の一環としてウェールズの女子ラグビーチームにも使用されたもので、これにより選手たちは生理周期に合わせて運動・食事・睡眠を管理できるようになった。でも、その重要性はスポーツ界で長年軽視されている、とThe Well HQの心理学者エマ・ロス博士は指摘する。

「最近は、自分の生理周期に関する知識を実際の経験に照らし合わせると、さまざまなことが見えてくるという認識が高まっているので、これからますます自分の自然な周期を理解しようとする人が増えるかもしれません」

「サイクルマッピング」とは

生理周期のステージに応じてワークアウトの内容を変えることは、一般的に「サイクル(周期)マッピング」と呼ばれている。生殖ホルモンのエストロゲンとプロゲステロンの量は1ヶ月を通して増減するけれど、これが代謝や気分、活力に影響することもある。

サイクルマッピングは、生殖ホルモンの変動がどのような形で体に現れ、生理周期のどのステージで、どのような運動をすれば気分が改善するのか、を理解するうえで役立つ。フィットネスプログラムの多くは、このサイクルマッピングに従って、卵胞期(生理の初日~)にはウエイトリフティング、排卵期(28周期の14日目前後)にはHIIT、黄体期(排卵後~次の生理が始まるまで)にはピラティスを勧めているというわけだ。でも、実際そうするべきという科学的な裏付けはあるのだろうか?

まずはホルモンの話から。「運動能力が生理周期に関連するホルモンの影響を受けないことは、これまでの研究から明らかです」とロス博士。これは意外。「今日リフティングで200kg上げられるということは、他の日にも同じことをするだけの筋力が備わっているということです」。南オーストラリア大学の研究でも、生理周期は有酸素系、無酸素系、筋力系のテストにハッキリした影響を与えなかった。

別の研究では、ホルモンの変動が神経筋機能や筋肉の発火速度(ジャンプ力、筋力発揮安定性、バランスなど)にも影響を与えないことが分かった。でも、生理の症状(腹痛による不眠など)がパフォーマンスに与える影響まではカバーされていなかったので、この点についてはさらなる研究が必要と言える。次にメンタル面のパフォーマンス。生理周期の特定のステージではワークアウトが辛く“感じる”と言うけれど?

2002年のデンマークの研究では、生理の直前と生理が始まってすぐの段階で参加者の出力(パワーアウトプット)が若干減少したけれど、研究チームいわく、その原因は生理学的な変化というよりむしろ心理状態の変化にある。確かに、気だるさ、疲労、痛みを抱えた状態で、最高のパフォーマンスを発揮するのは難しい。つまり、サイクルマッピングの目的は、生理中の運動パフォーマンスを上げることではなく、いつもと同じパフォーマンスを発揮できる状態を作ることにある。

ポイントは「症状管理」

discomfort in motion
RealPeopleGroup//Getty Images

だからこそ、アスリートのサイクルマッピングの核となるのは症状管理。チームスポーツにおいて「30人の選手たちが各自の生理周期に合わせ、それぞれ別のトレーニングをするというのは非現実的な話です」と語るのは、健康管理アプリ『Orecco』の研究員で女性アスリートを担当するジョージー・ブルインヴェルス博士。「そもそもアスリートには、いつでも最高のパフォーマンスを発揮できる状態でいてもらわなければなりません」

それこそまさに、ブルインヴェルス博士のチームが現在イングランドサッカー協会と共に実現しようとしていること。イングランドサッカー協会の女子選手担当パフォーマンスドクター、リタン・メフタ博士は「私たちは、症状管理をサポート・最適化することで、選手1人ひとりが生理周期の全ステージでトレーニングを続けられるようにしたいと思っています」と話している。

このプロジェクトの当初の目的は、無月経(生理の喪失または停止)などの警告サインを見逃さないようにすることだった。でも、メフタ博士によると、各自の生理周期、症状、その症状が現れるタイミングに対する選手たちの理解は確実に深まっている。これは実に頼もしいこと。

絶妙なタイミングで鎮痛剤を服用し、生理中の腹痛を未然に防ぐのは症状管理戦略の1つ。以前イギリス版ウィメンズヘルスの表紙を飾ったリア・ウィリアムソン選手は、2022年の欧州選手権で実際にこの戦略を使っている。症状管理戦略の中には、もっと地味なものもある。「私が担当している選手の中には、生理前になると必ず、あらゆることを考えすぎてしまう人がいます」とブルインヴェルス博士。

「いろいろと試した結果、生理前は、いつもと違うプレイリストを聴きながらトレーニング入りするというのが彼女にとってはいいことが分かりました」。些細なことに思えるかもしれないけれど、たった1%のスピード/スキル/パワー差が勝敗を分けるアスリートの世界では非常に重要なこと。

もちろん、あなたにとって効果的な戦略が他の人にも効果的とは限らない。ブルインヴェルス博士によると、その事実を肝に銘じておくことは万人向けのアドバイスに従うことより大事。「いついつは気分が悪くなるはず、いついつはトレーニングを控えるべき、と人に言われ続ければ、誰でも気が滅入りますよね」

しかも、これは“自己成就的予言”になる(例:この時期は気だるくなるはず、と言われると実際に気だるい感じがしてくる)から問題。運動技能に対する“ノセボ効果”(プラセボ効果の対義語)を対象とした研究では、自分の生理に関するネガティブな情報を受け取ると、その影響が疲労閾値や運動能力にも波及して、アスリートの調子が悪くなることが分かった。

自分の体の声を聴く

サイクルマッピングは、プロのアスリートではない一般の人たちにとっても有益。英陸上競技選手ジェシカ・エニス=ヒル監修のフィットネスアプリ『Jennis』は、生理周期のステージに応じてワークアウトのメニューを作ってくれる。このアプリの非プロアスリートユーザーを対象にロス博士がサイクルマッピングの調査を実施したところ、対象者は生理周期のステージに応じたワークアウトを好んでいた。

「当時のユーザーからは、(ワークアウトを生理周期に合わせることで)自分にやさしくなれたし、そのせいでフィットネスレベルが落ちることもなかったという声が多く寄せられました」とロス博士。「生理でワークアウトをスキップすることによるフラストレーションや、生理周期のステージに相応しくないトレーニングをしているのではないかという不安がなくなった分、対象者の不機嫌スコアも低下しました」

ロス博士は現在、英スポーツ科学研究所(EIS)の一員としてMint Diagnosticsのエンジニアとタッグを組み、アスリートの生殖ホルモンのバランスを手軽に測定するための唾液検査『Hormonix』を開発している。

「生殖ホルモンの変化はなにかしらの問題(オーバートレーニングや燃料不足など)を示していることが多いので、常にモニタリングしていれば、ケガや病気を未然に防ぐことができます」

とはいえ、生理に関する今日の研究はまったくもって不十分。ブルインヴェルス博士によると、黄体期のアスリートには生理関連の症状が最も現れやすい。にもかかわらず、スポーツ科学の研究では黄体期の重要性がとくに軽視されている。

この現状が変わることを望む一方でブルインヴェルス博士は、謎が謎のままで終わる可能性も理解している。「そもそも確実に答えが見つかるような研究分野はありません。それは研究分野がインターミッテント・ファスティングでも高地トレーニングでも同じです。私たち人間は個体差が大きく、その個体差には生理周期も含まれます」

モチベーション不足の原因が自分の性格ではなくホルモンにあるような気がする人は、サイクルマッピングを試してみるといいかもしれない。でも、生理と運動パフォーマンスには無数の要素が関係していて、そのすべてをテクノロジーで管理することは不可能。

だからこそ、ありきたりなアドバイスかもしれないけれど、自分の体の声に耳を傾けることが大切。

「サイクルマッピング」の実践法

young woman taking exercise in her living room
Halfpoint Images//Getty Images

変わり続けるホルモンバランスに合わせてワークアウトの内容を変え続けるサイクルマッピング。その有効性を裏付けるエビデンスはまだ少ない。でも、生理周期前半の卵胞期でエストロゲンが優位となったときと、生理周期後半の黄体期でプロゲステロンが優位となったときとでは、体のケア方法が異なることを覚えておこう。

卵胞期

運動:筋力トレーニングをする

「初期研究の結果、エストロゲンは組織の成長と修復に適した環境を作り出すことが分かっているので、このホルモンのレベルが高いときは筋力トレーニングをするといいかもしれません」とロス博士。

「体の回復能力が高いときに筋肉づくりをしておけば、生理周期後半のトレーニング量も減らせます」。卵胞期にレッグプレスをすると、黄体期にしたときよりも筋力が向上し、筋肉が大きくなるという研究結果も存在する。

さあ、いまのうちに頑張って、しっかり結果を出しつつも辛い症状が出やすい生理周期後半をのんびり過ごそう。

食事:糖質を摂取する

卵胞期は血糖値が安定しやすいので、シュガークラッシュと、それに伴う活力の急低下が起こりにくい。ロス博士によると、糖質の受け入れ態勢が整っているときは高強度のトレーニングをするといい。フィジカル的にもメンタル的にも調子のいい生理周期前半で、ハードなトレーニングを済ませておこう。

黄体期

運動:低強度または持久力系の運動をする

ほとんどの場合、ネガティブな症状が現れるのはプロゲステロンの量が増える排卵後。「プロゲステロンの増加によって血糖値が安定しづらくなる黄体期では、脂質を多めに摂りましょう」とロス博士。「また、脂質は持久系の運動や低強度の運動に最適な燃料源です。この時期は、のんびり長めのワークアウトをしてください」。長距離のランニング、ピラティスやヨガはおすすめ。

食事:食べる量を増やす

「ホルモンのレベルを高い状態から低い状態に変える過程では、多くのエネルギーが使われます」とブルインヴェルス博士。心理学専門誌『Psychological Reports』掲載の論文によると、黄体期では睡眠中に消費されるカロリー量が7%増加する。フィットネスの目標を達成するためにも、このステージではカロリーの摂取量を増やすことで体のニーズを満たしてあげよう。
 
この記事は、イギリス版ウィメンズヘルスから翻訳されました。

Text: Chloe Gray Translation: Ai Igamoto

Headshot of 伊賀本 藍
伊賀本 藍
翻訳者

ウィメンズヘルス立ち上げ直後から翻訳者として活動。スキューバダイビングインストラクターの資格を持ち、「旅は人生」をモットーに今日も世界を飛び回る。最近は折りたたみ式ヨガマットが手放せない。現在アラビア語を勉強中。