チクタク、チクタク。妊娠適齢期の女性には、時計の音が子供を産めなくなるまでのカウントダウンの音に聞こえてしまう。

20代のうちはまだ、遠くで少し聞こえるだけ。でも、30代に入った頃から徐々に大きくなって、35歳が近づくと、ほかの音をかき消すくらいうるさくなる。

「妊娠能力と妊娠継続能力は35歳で急激に下がるから、それまでになんとかするべき」と考えている女性は多い。病院やネットで“35歳は妊娠の崖っぷち”とか“35歳以上は高齢出産”という言葉を聞いて怖くなり、この恐るべき数字を中心に人生を設計する。でも、人生100年時代の35歳は相当若い。

パンデミックは、妊娠を望む女性の不安を増幅させた。「2020年は多くの人が行きづまった年でした」と話すのは、生殖内分泌学・不妊治療専門医のタラネ・ナゼム医学博士。その不安から卵子・胚凍結保存に関心を示す女性が増えて、アメリカに数十店舗ある不妊治療クリニック『Shady Grove Fertility』では、2020年6月から11月を起点とする卵子凍結の件数が前年比で50%増となった。

でも、女性の年齢と妊よう性(妊娠するための能力)に関する私たちの認識は正しくない。専門家の中にも、“35歳は妊娠の崖っぷち”という言葉のもとになった研究を時代遅れとし、それよりはるかに有望な結果を示す最近の研究を引き合いに出す人が増えている。事実、アメリカのノースカロライナ大学医学部の研究では、妊娠経験のある38歳と39歳の女性の81%が妊活の開始から1年以内に自然妊娠した。81%はスゴイ! まさに“35歳は妊娠の崖っぷち”という考え方と、それに伴う不安を捨てるべき理由の1つ。

ここからは、妊よう性に詳しい医師のイマドキの見解をアメリカ版ウィメンズヘルスから見ていこう。あなたの不安が払拭されて、将来の展望が明るくなるはず。

“35歳は妊娠の崖っぷち”という言葉の由来

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JGI/Jamie Grill//Getty Images

卵子の質と量が年齢とともに低下するのは事実。でも、アメリカのデンバーヘルスおよびコロラド大学の産婦人科学助教授スペンサー・マクレランド医学博士によると、それが35歳で顕著かつ一様に起こるというのは大きな誤解。医学専門誌『Fertility and Sterility』が掲載した妊娠するまでの時間を調べた研究では、妊活開始から1年以内に妊娠した女性の割合が20~34歳で84%、35~40歳で78%と大差なかった。これは、この分野で最大規模の研究の1つ。

「妊よう性には意外と個人差があります」とマクレランド博士。「30歳から自然妊娠が難しくなる人もいれば、45歳まで大丈夫な人もいます」。ホルモン療法を専門とするオステオパシー医のジャクリン・トレンティーノによると、妊よう性には多様な要素が関係している。だから「その人の不妊が年齢によるものなのかも、もっと若い頃に妊活をしていたら妊娠できたのかも、簡単には分かりません」

では、なぜ私たちの頭には“35”という数字が刷り込まれているのだろう。“35歳を過ぎたら高齢出産”という見方は、妊娠合併症に関する古い研究結果から来ている。でも、マクレランド博士によると、妊娠合併症と妊よう性はまったく別ものだそう。

少し歴史をたどってみよう。1970年代、胎児の染色体異常(ダウン症の可能性)を見つけるための遺伝子検査が広く知られるようになると、医師たちは、この検査を女性に勧めるべきタイミングを決めなければならなくなった。染色体異常のリスクは妊婦の年齢に比例して高くなる。でも、この検査は侵襲的(外的要因によって生体内の恒常性を乱すこと)で、流産につながる可能性があるため、この検査による流産のリスクがダウン症のリスクよりも低い段階で勧めるしかなかった。

その転換点が大体35歳。でも、マクレランド博士によると、遺伝子検査は時代とともに進化しているし、妊よう性や妊娠合併症との関係も薄い。

それでも、“35歳以降=高齢出産”という考え方は定着し、いくつかの妊よう性に関する集団調査が行われた。ところが、この集団調査の結果は、流産、妊娠中毒症、妊娠糖尿病、胎児の染色体異常のリスクが35歳を皮切りに著しく高くなることを示す傾向にあった。でも、35歳を過ぎた途端、リスクが急に高くなることはない。「妊よう性は、一般的にいわれているほど急激に変わりません」とナゼム博士。

古い情報に要注意

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Malte Mueller//Getty Images

しかも、この複数の集団調査は、恐ろしく時代遅れのデータをベースにしていた。調査報告書には「35~39歳の女性の3人に1人は妊活を1年しても妊娠できない」という記載が多く見られたけれど、この統計は、なんと1670~1830年のフランスの出生記録から算出した2004年のデータに基づいたもの。かなり信じ難いけれど、この分野では大規模で正確な調査が難しいため、いまだに古いデータが使われがち。

不妊や妊娠合併症の心配が一生ないとはいっていない。ただ、妊よう性については、ナゼム博士がいうように「心配しすぎかもしれませんよ」という話。自分が抱えるリスクを知る一方で、年齢が妊よう性に与える影響を心配しすぎないようにすることが大切。

妊よう性に個人差があるのなら、検査を受けたいと思う人もいるだろう。オプションには卵巣年齢の検査キットや不妊治療クリニックがあるけれど、残念ながら、どちらも大して役に立たない。

よく問題になるのは、血液を採取して、卵巣の中に残っている卵子のおおもと、原子卵胞の数を調べる抗ミュラー管ホルモン(AMH)検査。マクレランド博士によると、この検査は当てにならないことで有名だそう。

この検査で分かるのは、卵巣に残っている原子卵胞の数が被検者の年代の基準値より多いか少ないかだけで、それが今後どう変わるかも、卵子の質も分からない。「妊よう性の検査というには少し語弊がありますね」とナゼム博士。「実際の妊よう性は妊活を始めてみないと分かりません」。トレンティーノ医師によると、生理周期を記録するのは、妊よう性を探るうえで有効な手段の1つ。生理不順、月経過多、生理痛、月経前症候群からは、診断が下りていようといなかろうと妊娠および妊娠の継続を困難にする多嚢胞性卵巣症候群、子宮内膜症、子宮筋腫の可能性がうかがえる。

年齢だけにこだわることの危険性

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Ada daSilva//Getty Images


34歳まではなんの問題もなく妊娠できて、35歳からは急に妊娠が難しくなるなんてことはない。医師や研究者は、私たちの誤解をよそに、その事実を知っている。でも、多くの医師は、便宜上35歳を「健康状態や病歴ではなく年齢に応じて妊婦が“ハイリスク”になる年齢」として扱い、追加の検査を持ちかける。

それ自体に害はないし、むしろよい考えかもしれないけれど、検査にはリスクが伴う。その一例を紹介しよう。マクレランド博士いわく35歳以上の女性の多くは、胎児の発育状態を調べるために早い段階で追加の超音波検査を持ちかけられる。でも、この早期検査では、のちの通常検査までに消えるはずの異常が見つかることもある。それを理由に本来なら必要のない別の検査が行われれば、流産のリスクや不安が増す。また、35歳を過ぎてから妊娠しようとする女性には、周囲からプレッシャーがかけられる。そのストレスが年齢以上に妊よう性を下げ、妊娠を妨げる可能性も否定できない。「ストレスは健康のためにも、妊よう性のためにも、妊娠のためにもなりません」とマクレランド博士。「多くの女性は、正当な理由もないことにストレスを感じています」

とりわけ不妊治療専門医は、その名の通り不妊問題を解決するのが仕事であるため、将来を心配する女性が現れると積極的に検査を勧める。医師なら当然、自分の患者に後悔してほしくない。「検査や治療に関していえば、なにもしないよりなにかするほうが簡単です」とマクレランド博士。「なにかして問題が起きても、なにもしないで問題が起きたときよりはマシな気がするからです。実際のところ、なにもしないほうがいいときは多いですが」。不妊治療の世界市場は250億ドルといわれる。これだけ大きな市場なら、人生が変わる人がいる一方で、がっかりする人がいるのも当然。

卵子凍結はするべき?

若い頃に凍結した卵子を使えば、妊娠の確率が高くなる可能性はあるけれど、確実に妊娠できるわけじゃない。妊娠できるかどうかは、卵子が凍結された時期、卵子の数、卵子を使う時期といった多数の要素にかかっている。でも、ひとまず凍結しておけば、ある程度の保険にはなる。以下3つの項目に当てはまる人はとくに検討してみるといい。

1.将来の妊よう性が超不安

「卵子凍結をしたことで、かなり気持ちが楽になったという人は多いです」とナゼム博士。100%の保証はないけれど、オプションが増えるだけで不安は減るかも。

2.費用が払える

保存を含む一連のプロセスには、1回で数百万円の費用がかかる。30代半ばから40代の人は採卵が2回以上必要になるかもしれないそう。決して安い金額じゃない。

3.健康上の問題で妊娠しづらい

多嚢胞性卵巣症候群、子宮内膜症、子宮筋腫、一部のがん、骨盤内炎症性疾患は、妊よう性を時間とともに低下させることがあるので、卵子凍結が役に立つ。

最新の科学が示す未来は明るい

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Alexandr Kolesnikov//Getty Images

カウントダウンを早く止めたい気持ちは分かる。でも、年齢の心配や妊よう性の検査を中心に人生が回るのは辛い。大事なのは、妊娠と妊娠継続の確率が正確に分かることはないけれど、妊娠可能な年齢である以上、成功する確率のほうが高いという事実を受け入れること。そうすれば、少し気持ちが楽になる。

「人口データを見れば楽観的に思えるはずです。自然妊娠の確率は35~40歳でも高いですから」とマクレランド博士。先述のポジティブな統計を思い出そう。「私にいわせれば、81%というのは本当に高い確率です。ほとんどの人は、そのグループに自分が入っているなんて思いません。だから、医学のプロとして私たちは、その無意識の悲観主義を修正する必要があるのです」。この悲観主義の裏には、高齢でもスムーズに自然妊娠した人の話より、不妊治療の話を聞くことのほうが多いという背景がある。「自然妊娠の話はされないというだけです。37~38歳で初めて子作りに挑戦し、年齢が原因とも、そうでないともいえない問題で悩んでいる人が1人いれば、不妊じゃないのに不妊になると思い込み、深く悩んでいる人は少なくとも20人いますから」とマクレランド博士。「体外受精に失敗してから自然妊娠した患者さんは数えきれないほどいます。そういう人は、妊活を6~12カ月しただけで体外受精に乗り出します。実際は妊活の期間が短すぎたのでしょう。でも、みんな自然妊娠の確率は下がる一方だと思っているので、妊活を続ける気になれないのです」

子作りや卵子凍結をする場合、そのタイミングを決めるのは本人以外の誰でもない。若いうちにあれもこれもしておけばよかったと後悔するのは、みんなイヤ。でも、妊よう性は私たちが思っているよりずっと複雑なので、年齢の影響ばかり気にしていても意味がない。だから「35歳が妊娠の崖っぷち」と考えるのはもうやめよう。せめて「なだらかな坂をくだる」といったほうが正確だし、響きもいい。

※この記事は、アメリカ版ウィメンズヘルスから翻訳されました。

Text: Kristin Canning Translation: Ai Igamoto