1960年代、海外ドラマ『スタートレック』の視聴者は、レナード・“ボーンズ”・マッコイ医師が“トライコーダー”と呼ばれる小さな機器で患者の体をスキャンして、人工知能(AI)が一瞬で診断を下す様子に驚いた。でも、近年の医療分野におけるAIの台頭は、期待と同じだけの不安をもたらしている。冷たいロボットが思いやりのある医師に取って代わり、治療に不可欠な人間の温かさや直感が奪われてしまうのではないか、という不安だ。

その答えはすぐに出るだろう。技術の大きな進歩によって、AIは私たちの想像をはるかに超えるスピードで医療分野に普及している。「AIは(医療現場で)もう使われていますし、これからもっと適用範囲が広がるはずです」と説明するのは、米セントルイス・ワシントン大学医学教授で、非営利医療法人BJCヘルスケアのデジタル製品&イノベーションを統括する循環器専門医のトーマス・M・マドックス医学博士。「AIは医療のあらゆる側面に組み込まれていくでしょう」。

ヘルスケア企業の2024年のAI技術関連予算は、2022年の6%から11%に増える見込み。AIで医療が悪化する可能性は確かにゼロじゃないけれど、この技術が人の命を救っているのもまた事実。一般的にAIは、人間の知能の一部を模倣し、人間のやり方を少しずつ学習していくコンピュータシステムを指す言葉。SiriとAlexaはAIを使用してユーザーの質問に答え、クレジットカード会社はAIを使用してネット詐欺の購買パターンを突き止める。AI技術には複数の種類があって、“ディープラーニング”は人間が見落としやすいパターンを検出する技術。もう1つの“生成(ジェネレーティブ)AI”は大量のデータから新しいコンテンツを作成する技術で、ChatGPTに代表される。

バイオインフォマティクスとデータサイエンスの教授で米イェール大学医学部のチーフ・デジタル・ヘルスオフィサーを務めるリー・シュワン医学博士によると、AIは医学研究に飛躍的な進歩をもたらしており、いずれ医療を大きく変えることになる。例えば、人間のDNAに含まれる3次元構造のタンパク質が1つひとつユニークな形状をしていることは以前から知られており、その情報に基づいて特定のタンパク質に結合する薬剤やワクチンが作られてきたけれど、それぞれのタンパク質の構造を可視化することは不可能だった。でも、AIの登場でそれが可能になったいま、よりピンポイントで効く薬剤の開発も夢物語ではなくなった。シュワン医師から見ても「これは驚異的なこと」。

ここからは、AIの力が今後の医療にどのような影響を与えるのか、それによって私たちのウェルビーイングがどのように変わるのかを見ていこう。

検査画像の読み取りが正確になる

現時点でAIがもっとも活躍しているエリアは恐らく、X線やCTスキャンをはじめとする画像の解析。「AIのアルゴリズムは、画像を見てパターンを特定するのにとても適しています」とマドックス医師。これまでの研究結果も、AIに画像を見せると疾患の検出率が上がることを一貫して示している。マンモグラフィーにAIを用いると、専門医さえ見逃していた病気の芽が頻繁に見つかるし、大腸内視鏡検査にAIをリアルタイムで用いると、検出されるポリープの数が大幅に増加する。

放射線技師はAIの存在をありがたく受け入れている。というのも、頭脳”は1つより2つあったほうがいいことが分かっているから。「AIと人間の組み合わせは、どちらか一方のときよりも優れているケースがほとんどです」と語るマドックス医師によると、この状況は電卓が登場したときに似ている。電卓が会計士に取って代わることはなかったけれど、電卓のおかげで会計士は計算よりも重要な仕事に集中できるようになった。最初からAIにX線画像を解析させる研究では、AIが怪しい画像にフラグを立ててくれたおかげで放射線技師が問題のありそうな患者を優先し、通常なら11日かかるレビューを3日以内に済ませることができた。

X線画像に加えてAIは、心臓MRI検査の画像や、糖尿病患者の眼疾患の診断に必要な定期眼科検診の画像の解析も助けている。

AIによる診断と治療方法の提案が可能になる

ai robot and futuristic digital data display
Yuichiro Chino//Getty Images

まだ初期段階ではあるけれど、さまざまなソースからの情報をつなぎ合わせてスマートな結論を導き出すためにAIを用いる動きも始まっている。生成AIは、その重要な要素の1つ。マドックス医師は「生成AIに『異なる画像を見て情報をつなぎ合わせる』だけでなく、『それをベースに読みやすいレポートを作る』よう指示している」そう。

米医療機関のカイザーパーマネンテは、どの入院患者の病状が危険なほど悪化するかをAIが予測できるかどうかを調べるために、自社が運営する19の病院にAIを導入した。多数の患者1人ひとりの病状を把握するのは、医師にとっても看護師にとっても難しい。このAIツールは、全患者の臨床検査結果、バイタルサイン、看護師の報告書、病歴などの情報を定期的に受け取って、病状悪化の兆しを見せている患者に関する警報を発するため、医療班は速やかに治療法を変更することができる。3万5000人以上の患者を2年半以上追跡した研究では、警報発令後30日間の死亡率が16%低下して、520名の命が救われた。このまま技術が進歩すれば、AIが1人ひとりの患者に合った治療法を提案する日も遠くはない。

米医療機関大手マス・ジェネラル・ブリガムの調査では、AIが約70%の精度で適切な治療計画を生成した。また、同医療機関イノベーション&商品化部門副主任のマーク・スッチ医学博士によると、この数字はじきに改善する見込み。とりわけ脳卒中に関してはAIの活躍が期待されている。医師が脳卒中患者の検査結果をAIに評価させた研究でも、AIは指定の治療法が効きそうな患者を見事に特定してみせた。

スッチ博士によると、今後の疾病管理においては、コンピュータと医師が共同で意思決定を行う必要性が出てくるはずだ。でも、マス・ジェネラル・ブリガムのような医療機関には、これまでの患者の症状、検査結果、治療内容、病状の変化に関する膨大なデータが存在しており、そのすべてをAIが学習できることを考えると、AIの活躍の場は増えてしかるべき。「医師はトレーニングと診察に長い年月をかけないとベテランになれませんが、AIは短い時間で十分に鍛えられます。なんといっても、これだけのデータがありますからね」とスッチ医師。これからの医師は、人間の専門家からセカンドオピニオンを得るだけでなく、AIに別の意見を求めることもできるようになるわけだ。

米国をはじめ、ベテランの臨床医が少ない国や地域では、このようなシステムがとくに重要。マドックス医師は、患者が自分の居住地で基本的な検査を受けると、その結果が大きな施設に転送されて、コンピュータによる診断と治療法の提案が行われ、その情報が患者の居住地の医師に引き継がれる世の中を想像している。

伝染病の発生が予測できるようになる

blue pill capsules hologram over robotic hands cyber medicine concept
adventtr//Getty Images

新しい疾患に関する重要な情報は、世界中のニュース番組、保健所の出版物、オンラインのメディカルジャーナルなどに散らばっている。臨床医学誌『Medical Science Monitor』に掲載された論説によると、AIのアルゴリズムは、このような情報を全部きっちり整理して、パンデミックを引き起こす可能性のある細菌にフラグを立てることができるそう。

この論説によると、オンラインの感染症監視システムは、新型コロナウイルスの感染拡大警報が世界的に出される前の2019年12月の時点で、肺炎に似た症状がクラスター発生していることを突き止めていた。その時点でAIが普及していれば、疫学者たちがAIからのパンデミック警報を受け取って、もっと早く新型コロナウイルスを特定し、その感染拡大を遅らせる、あるいは止めることができたかもしれない。

いまよりも効率がよく、患者にやさしい医療の提供が可能になる

医師には患者のカルテと保険金の請求に必要な情報を文書化する義務があるので、診察まで何週間も何ヶ月も待ったのに、医師がパソコンの画面ばかり見ていることは少なくない。こうした現状を受けてBJCヘルスケアは、クリニックを訪れた患者と医師のやりとりをAIに記録させ、医師が患者に集中できるようにするためのシステムを実験的に使用している。マドックス医師いわくAIの精度はかなり高く、診察後にAIが作成した記録を読んだ医師たちは、ちょっとした修正を2~3ヶ所加えるだけで済んでいる。さらにAIは、患者の言語と読解力に応じた診察のサマリーを生成することもできる。マドックス医師は、診察時間の数分前にAIに患者のカルテをまとめさせ、患者の悩みを把握したうえで診察に入れるようにしたいそう。

専門家の話では、AIによってスケジュール管理も大幅に改善される。午前10時に始まるはずの日帰り手術が午後3時になっても始まらないときのイライラは言葉にならない。医師は、予定される処置の複雑さや、麻酔科医の予約状況などを可能な限り考慮したうえで日帰り手術の時間を決める。いまはそれでも待たされることがあるけれど、マドックス医師いわくAIは、患者の病歴やデータを含む膨大な情報に基づいて、より正確な判断をしてくれる。それに加えてAIは、1人ひとりの患者に必要なフォローアップ検査を把握して、その予約を入れる作業にも活用できる。この作業は非常に煩雑なので、現在は多くの人が見落とされているけれど、「AIは私が受け持つ全患者の情報を5分でチェックし、検査が近い人を教えてくれます」とシュワン医師。「そのおかげで私のアシスタントは遅滞なく対象者に予約の電話を入れられます」

その一方で潜在的な問題も山積み

その1つは、年齢、人種、ジェンダー、セクシュアリティなどに関する偏見がAIに入り込まないようにすること。AIは自分で考えるのではなく過去のデータから学ぶため、「私たちの社会に深く根付いている偏見の多くがAIの中に生じる可能性はありますし、実際に生じるでしょう」と、米セントルイス大学医療倫理センターの助教授ヨロンダ・ウィルソン博士は警告する。

実際、過去の医師の記録には「一部の治療法は健康状態に関わらず高齢者に向いていない」「女性は自分の問題を大袈裟に話す」「黒人は白人ほど痛みを感じない」といった内容のものがあるので、ウィルソン博士の懸念には一理ある。また、今後医療サービスを頻繁に使うことが予想される患者をAIに特定させる研究では、黒人の患者にほとんどフラグが立たなかった。これはAIのアルゴリズムが過去の診察記録をもとに将来の必要性を予測したから。黒人が昔から医療格差に直面していて、診察を受けた回数が(他の人種よりも)少ない可能性は一切考慮されていない。現在のAIにはミスも多く、ChatGPTに薬剤に関する数十個の質問をした研究では、約4分の3の確率で間違った情報か不完全な情報が返ってきた。マドックス医師によると、コンピュータが細かいことにこだわりすぎて、健康上の問題がないことにまで警告を発してしまい、患者に不必要な不安を与える可能性もある。

もちろん、もっとも心配されるのはヘルスケア企業が人員を削減すること。「患者が医師よりAIと話したがるとは思えません」とスッチ医師。マドックス医師も「もともと医療というものは非常に人間味のある試みなので、人間味のないAIとしか関われないのは大きなデメリットになるでしょう」と懸念を示す。スッチ医師の話では、優秀になりすぎたコンピュータに医師が依存し、患者の転帰に大きな違いをもたらしかねない微妙なサインを見逃す危険性もある。

3人の専門家はみな、こうした問題が実際に起こらないことを願っている。でも、病院や開業医がコスト削減目的でAIを過剰に頼り、人間のプロを使わなくなるかどうかは、そのときになってみないと分からない。スッチ博士がとくに恐れているのは、AIによって医療格差が拡大すること。

「一部の人には医師を与えて、それ以外の人にはAIを与える病院が出てくるかもしれません」。スッチ博士によると、低所得で保険に入っていない人は機械対応に回されやすい。AIを使用する医療プロバイダの増加に伴い、電子化される医療データの量が増えれば、情報漏洩のリスクも高くなる。

もちろん、こうした問題を防ぐための門番はいて、患者のケアに使われるAI技術は必ず米国食品医薬品局(FDA)の承認を得る必要がある。2022年には米国連邦政府がAI権利章典の枠組みを発表し、米国医師会は倫理的で公平かつ透明性のある方法でAIを医療に用いるための原則を発表した。

AIの登場で現代の医療に大変革が起こるのは間違いない。多くの専門家はこの変化を前向きに捉えており、患者の転帰と体験に関して言えばデメリットよりメリットのほうが圧倒的に多いだろうと予測している。スッチ医師は、AI技術によって医師の必要性がなくなることはないけれど、「AIを使う医師が使わない医師に取って代わるのは確かでしょう」と語っている。
 
※この記事は、アメリカ版『Prevention』から翻訳されました。

Text: Meryl Davis Landau Translation: Ai Igamoto

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伊賀本 藍
翻訳者

ウィメンズヘルス立ち上げ直後から翻訳者として活動。スキューバダイビングインストラクターの資格を持ち、「旅は人生」をモットーに今日も世界を飛び回る。最近は折りたたみ式ヨガマットが手放せない。現在アラビア語を勉強中。