仕事でもプライベートでも、私たちは普段様々な人に囲まれ、関わり合いながら生活していますよね。「一緒にいて楽しい、安心する」と思う人がいる一方で、「この人と過ごした後は楽しいのと同時にどっと疲れる……」「一緒にいるとイライラする」と感じた経験はありませんか?あるいは嫌なのに「No」と言えない、必要以上にお世話してあげて疲れてしまう……など。人との関わりの上でそんな風に感じるとしたら、相手との心の境界線(バウンダリー)が曖昧になり、相手と近くなり過ぎているのかもしれません。

バウンダリーとは?

relationship problems
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バウンダリーとは、自分と他者とを区別する境界線のことです。バウンダリーには様々な種類があると言われていますが、この記事では精神的なバウンダリーについて主にお話ししていきます。子供のうちは基本的に他者との距離感が近く、バウンダリーは曖昧なものです。しかし、大人になるにつれて段々と”個”ができあがるにつれ、自分と相手との境界線がしっかりしてきます。私たちが自分の置かれた立場や相手との関係性によって対応を変えることができるのは、このバウンダリーが機能しているおかげです。ところが、幼少期に親子間での関係に葛藤があった、他人に攻撃されて怖い思いをした、大切な人を喪失してしまったといった体験をしていると、健康的なバウンダリーの作り方がわからなくなり、非常に曖昧で脆弱なバウンダリーを抱えて生きていくといったケースがあります。

また、女性は特にこのバウンダリーの問題に陥りやすいと言えるでしょう。精神科医の水島広子氏は、著書で「女性は選ばれる性であるという考え方を持ち、相対評価の世界の中で生きている」といったことを述べていますが、古くからのジェンダー観(男性に従うべき、子育ては女性の仕事など)によって、NOが言えない、自分がどう思うかよりも周囲からの評価を気にしなければいけないといった環境に置かれていたことも影響しているのでしょう。今はそういったジェンダー観も少しずつ変わってきていますが、まだまだこうした古い価値観は社会の中に根付いています。

出典元:『女子の人間関係』水島広子(サンクチュアリ出版)

こんな場面でバウンダリーの問題が起きやすい

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”バウンダリーの問題って例えばどんなこと?”と気になる方もいるでしょう。友人・仕事・パートナーや夫婦・親子の4つの場面で具体例を挙げています。こうして見てみると、バウンダリーの問題って意外と私たちの身近に起きていることがわかりますよね。

① 友人

    □頼んでもいないのに「あなたのためだから」と押し付けがましくアドバイスしてくる

    □友人なのに対等ではなく、上下関係になっている、あるいは上下関係を作ろうとする

    □相手の都合を考えずに長話してくる

    ② 仕事

      □自分だけ仕事量が明らかに多い

      □部下や後輩に仕事を任せることができない

      □上司の理不尽な対応にも答えてしまう

      ③ 夫婦・パートナー

        □不倫などいつも辛い恋をしてしまう

        □ついつい世話を焼いてしまう

        □暴力をふるわれる、あるいはふるってしまう(DV、モラハラなど)

        □相手の言いなりになってしまう、あるいは言いなりにさせようとしてしまう

        ④ 親子

          □親の期待に応えなければと思いながら生きている

          □子供がやるべきことを親がやってしまう、あるいは親がやるべきことを子供がやっている(過保護、ヤングケアラーなど)

          □子供に自分の理想や価値観を押し付ける

          問題のあるバウンダリーとは? バウンダリーの種類

          どんなものが健康的ではないバウンダリーなのか、具体的に例をあげます。アメリカの臨床心理学者ヘンリー・クラウドは、対人関係がうまくいかないバウンダリーのタイプを4つ紹介しています。

          これらのタイプは、どれかひとつだけではなく、複数当てはまることもありますし、相手や場面によって変わるといったこともあります。

          ①迎合タイプ

          ・NOと言えない

          ・自分の言動や行動に対して罪悪感を覚えたり、他人に支配されやすい

          ・自分で相手との境界線を設定するのが難しい

          ②回避タイプ

          ・YESを受け入れらない

          ・相手からの愛を受け入れることが難しく、深い関係になることを避けようとする

          ・自分の意見を主張することが苦手

          ③支配タイプ

          ・Noを受け入れない

          ・強引あるいは操作的に相手の境界線を侵そうとする

          ・相手に罪悪感を植えつけようとする

          ④無反応タイプ

          ・YESと言えない

          ・相手を愛するという責任を持つことに対して抵抗する

          ・自分で責任を取ろうとせず、相手に委ねる

          出典元:『境界線(バウンダリーズ)』ヘンリー・クラウド/ジョン・タウンゼント(地引綱出版)

          バウンダリーを作るために必要なこと

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          ①バウンダリーの薄さ、問題に気づく

          相手との境界線の薄さ、問題に気づくことで、相手との関係や自分の状況を俯瞰してみることができます。まずはそこから始めてみましょう。バウンダリーが薄くなっている時は、何らかのサインが出ています。もしこういったサインを感じた時は、いつもよりも注意して相手との距離感を見てみましょう。

          □怒りの感覚や違和感が自分の中に湧いてくる
          □”私が解決してあげなければ!”と感じる
          □居心地の悪さを感じる
          □断ることに罪悪感を覚える
          □”相手に嫌われているかも”ということが頭から離れない□人付き合いを避けようとしている
          □心身の調子が良くないと感じる

          ② 人と会う機会を減らしてメンテナンス

            1カ月あるいは1週間の中で、予定を入れず一人で過ごす時間はどれくらいありますか? 

            人と会う数が多いほど、また、予定が詰まっていて疲れを感じる時ほど、バウンダリーが薄く曖昧になる機会も増えがちです。しかし、今はコロナ禍ということもあって家族が家にいたりすると1人になること自体が難しい時もありますよね。例えば可能な範囲で部屋にこもってみる、お風呂の時間などのパーソナルな時間を充実させてみるなど、自分を労る時間を作ってあげましょう。

            ③ 自分の心の声に耳を傾ける

              ”自分は今何をしたいのか””自分にとって心地よいことは何か””それは自分にとって安全なものなのか”など、自分のニーズを受け入れるようにしましょう。バウンダリー が薄い時は、自分のニーズを無視して、相手のニーズの方を優先しがちです。そうして自分の心の声を聞く習慣を身につけることで、自然とバウンダリーも厚くなっていきますよ。

              ④ グラウンディングを意識する

                相手と健康的なバウンダリーを引くためには、グラウンディング=自分の体を感じること、土台を持っておくことが大切だと言われています。土台が安定していれば、自分の心を揺さぶる出来事があっても倒れずに、元の場所に戻ってくることができます。グラウンディングを体感するための方法として有効なのがヨガです。特に立位のポーズは、地に足がついている感覚を味わうことができます。立つという行為は当たり前すぎて、改めて観察することもなかなかないですよね。ヨガをする際はゆったりと呼吸をし、地に足がしっかりついている感覚を意識してみてください。

                ⑤ アサーティブなコミュニケーションを身につける

                  アサーションと呼ぶこともありますが、「相手もOK、自分もOK」と両方の立場を大切にしたコミュニケーションのことです。これは、自分の中で受け入れられないことについてはNoということも含まれます。どんなに親しい間柄であっても、「Noと言ってはいけない」なんてことはありません。むしろ、できないことはできない、できることはできると線引きをして相手に伝えることが健康的な人間関係を育むことにつながります。

                  アサーションのスキルのひとつ、「i(アイ)メッセージ」は、日常生活でも取り入れやすいと思います。やり方としては、自分の意見や気持ちを言葉にする時に、「わたし」を主語にして話すのを意識します。例えば、「私は〇〇だとうれしい」「私は〇〇だと思います」など。こう言ったコミュニケーションスキルは、相手に不快な思いをさせないことはもちろん、繰り返していくことによって、「自分ってこう思っているんだな」とか「これをされると私は悲しいんだ」など、自分にとって大切なこと、価値などを知るのにも役立ちますよ。

                  Headshot of 南 舞
                  南 舞
                  ライター

                  臨床心理士。岩手県出身。多感な思春期時代に臨床心理学の存在を知り、カウンセラーになることを決意。大学と大学院にて臨床心理学を専攻し、卒業後「臨床心理士」を取得。学生時代に趣味で始めたヨガだったが、周りと比べず自分と向き合っていくヨガの姿勢に、カウンセリングと近いものを感じ、ヨガ講師になることを決意。現在は臨床心理士としてカウンセリングをする傍ら、ヨガ講師としても活動している。   公式HP: mai-minami.com Instagram: @maiminami831