「可能性にチャレンジしながら生きるって素晴らしい!」谷 真海さんインタビュー

29 March 2018

「可能性にチャレンジしながら生きるって素晴らしい!」谷 真海さんインタビュー

走り幅跳びでアテネと北京、ロンドンと3度のパラリンピック出場を果たし、2020年東京オリンピック・パラリンピック招致委員会のプレゼンターとしても活躍した谷 真海さん(旧姓:佐藤真海さん・サントリー勤務)。常に「パワーオブスポーツ」を発信し続けている彼女に、彼女が考えるスポーツの力について聞いてみた。

———谷さんご自身が「スポーツの力」を感じた具体的なエピソードはありますか?

「スポーツの力を大きく実感した経験は3回あります。最初は、元気な学生生活を過ごしていた大学生の頃に骨肉腫を患って、退院して学校に戻ったとき。心の底から笑えなくなり、自分らしさも失くしてしまった気がしていたんです。そんな時、義足でもう一度スポーツを始めてみたら、笑顔と自分らしさを取り戻せました。その時に、スポーツってすごいなと思いました。義足で一歩踏み出した時、初めて泳いだとき、初めて走ったとき、いつも新しい一歩を踏み出せた気がして、これからも自分を高めていけるんだと思いました」 

「二度目は、東日本大震災の後です。多くのアスリートとともに現地に行き被災地の子どもたちと一緒にスポーツをしたり、交流をしました。笑顔が消えていた子どもたちと触れ合う中で、一緒に体を動かした時が一番こどもたちが笑顔を取り戻してくれました。スポーツを通じて人と人とが繋がっていく。スポーツにはそういう力があるということを再認識しました。常に応援される側だったアスリートが、自分たちにできることは何か?と考え、自ら動き始めるきっかけになったと思います」 

「自分自身の経験としても、辛い時に簡単に頑張ることを諦めてしまうのではなくて、敢えて目標を持って前に進もうというエネルギーが、新しい何かを生むと思うんです。それを子どもたちにも感じてほしい。だから、まずはスポーツを楽しんでもらい、そこから一人一人それぞれの目標を持ってもらうことが、スポーツを通してできるんじゃないかなと感じました」

「3つめは産後です。こどもを産むとホルモンバランスなど体調の変化もあり、さらに育児のために睡眠不足になったり情緒が安定せず急に泣きたくなったりすることもありました。特に最初の2ヶ月が辛くて、そういう時に産後のママ向けのバランスボールの教室(マドレボニータ)に参加しました。赤ちゃんを抱っこしながらバランスボールに乗って弾むという簡単な動作なのですが、汗を流して、一緒に参加している皆さんと話したり笑うことですっかり元気になったんです。そういえば、日本ではまだ産後のママさんがスポーツをしたり、汗を流すことはあまり重要視されていないと思うのですが、欧米に行くとジョギング用のバギーで赤ちゃんと一緒に走っていたり、そういう光景をよく見かけます。母になるまで気がつきませんでしたが、こうした「スポーツの力」がもっと多くの人に行き届くといいなと思っています」


長く時間をかけて成長できるトライアスロンは、生涯スポーツとして

長く時間をかけて成長できるトライアスロンは、生涯スポーツとして
photo : Shugo Takemi

——産後にトライアスロンに転向した理由は?

「 私の中では自然な流れでした。もともとトライアスロンという競技には興味がありましたし、アスリートとして復帰するタイミングで、新しいことに取り組むのがいいと思い、決めました。トライアスロンは3種目あるからこそ、長く時間をかけて成長していけるかなと思っています。子供の頃は水泳をやっていましたし、中学・高校では中距離走もやっていましたが、義足では100m走、あるいは走り幅跳びの助走しか体験していなかったので、最大の課題はどれだけ長い距離を走ることができるか、ということでした。1時間ジョグできるようになるまで1年以上かかりました」

「新しい競技に挑戦することは、自分の新しい可能性をもたらしてくれます。3種目あるので、ひとつひとつに課題があって、それに向き合うことで、日々成長を実感できることがやりがいになっています。出産前と比べて一番違うのは、生活の優先順位が自分自身と競技じゃないということです。それもむしろプラスに作用していると思います。アスリートであるとともに、妻でもあり、母でもある。子育てとトレーニングを、リラックスした状態で程よく両立できていると思います」

「子育てをしながらだと、逆に短時間でも練習に集中できるようになったり、常にオンでいられないのが逆にメリハリにつながっていると思います。こんな形なら、生活スタイルに合わせて長く競技を続けていけるかなと思います。現在、チームで一緒にトレーニングしている方々は、年齢も仕事も様々です。常に目標を持ち続ける生き方って素敵ですよね。私もこの競技に出会って、ずっと続けていけるなと感じています。パラリンピックのためだけにトライアスロンをやっているわけではありません。人生において自分を高めていくためのスポーツという感じですね。私にとっての生涯スポーツだと考えています」


パラリンピックをもっと身近なものに感じて欲しい

パラリンピックをもっと身近なものに感じて欲しい

——パラリンピック出場の前後で意識は変わりましたか?

「パラリンピックは3回出場しても、やはり特別なものです。最初に出たのが義足になって2年目。その頃は時々喪失感に襲われたり、将来が不安になったりすることもありましたが、パラリンピックで世界中から集まるパラリンピアンたちの輝き、自信に満ちた生き様を目の当たりにして、なんでこんなに自分と違うの? と驚きました。みんな、ハンディキャップを完全に受け止めて、自分の残された機能を最大限に出し切ろうと戦っているんです。自分の力を信じて戦っているから、みなさん生き生きした表情なんですね。帰ってきてからの自分自身への向き合い方が変わりました。可能性にチャレンジしながら生きていくっていいなって思いました」

 

——パラスポーツの普及について思うことは?

「自分が義足になっていろんなスポーツをしてみると、変わらないんだな、工夫次第で一緒にスポーツできるんだな、とわかったんです。スポーツに垣根はありません。だから私自身、“障がい者スポーツ”という言葉は使わないようにしています。

パラリンピックなどに出場する選手の育成についても、欧米に比べて日本は遅れているなと感じています。理想的なのは、オリンピック選手と一緒に強化されていくことです。日本は2020年のオリンピック、パラリンピック開催が決まってやっと、管轄する省庁や仕組みが一本化されたり、予算が増えたり、スポンサーが増えたりといい変化が起きてきています。招致活動に関わった時にも、2020年の開催がそういう環境を変えて、パラスポーツとスポーツとがひとつになっていくチャンスになると信じて活動していたので、少しずつ目標に近づいていっていると思います」

「2020年の大会を経て、パラリンピックが様々な人にとって身近になり、障がいというものに対する意識が変わっていくといいなと思います。いろんな人が混ざり合うのが自然だし、スポーツが意識を変える力になるんじゃないかなと思いますね。分けて考える必要はないと思います」

「子どもたちと触れ合う時にも、義足の人が来ますよ、と聞くと、子供たちはまず足元を見るんです。最初は心配そうにしているんですが、いざ一緒に走ったり、縄跳びをしたり、交流していくと、最後は目と目でお話できるし、義足でもこんなことができるんだ、こんなに速く走れるんだと、人の持つ可能性に気がついてくれるようになります。スポーツの持つ力ってそういうところにもあるのかなと思いますね」


自分がスポーツを続けながら、スポーツの力を伝え続けていきたい

自分がスポーツを続けながら、スポーツの力を伝え続けていきたい

———スポーツを通して伝えて行きたいことは?

 「常に“Power of Sports”を伝え続けていけたらいいと思います。自分自身がスポーツに育てられ、時に救われ、その力を実感しているので、それを伝えていきたいですし、自分自身がスポーツを続け、チャレンジしながらそれを発信していきたいと思います。一人一人、スポーツの力が及ぶ形は違うと思いますが、人と人をつないだり、笑顔にしたり、自分の成長に寄与したり。子どもたちにとっても、目標に向かって頑張る、最後まで諦めない、ルールを守る、周りの人に感謝する、スポーツには学びが詰まっていると思うのです。多くの人にスポーツを身近に感じてもらって、その魅力と力を伝えていきたいと思います」

Photo : Kento Mori Hair & Makeup : Yusuke Igari (Three Peace)

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