行きつけのコスメショップで好きな色味の新作リップをゲットして、駐車場でバックミラーをのぞき込み、サッとひと塗り。そんな日常は私たちにとって当たり前。でも、店舗の中やネットショップを自由自在に動き回り、パッケージの表記を読んで、キャップを外し、リップを握ることができるのは、一部の人が持つ特権だなんて、考えたことある? 体に障がいを持った人にとっては、私たちにとっての当たり前が大きな困難を伴うこともある。今回はアメリカ版ウィメンズヘルスから、美容業界における障がいを持った人への取り組みについてご紹介。

「障がいが、美しく大切な世界の一部として描かれることはめったにない」ブリ・スカリッシ

ここ数年で美容業界が大変革を遂げたのは間違いない。ファンデーションなどの肌色の幅と有色人種向けの商品が増え、マーケティング戦略におけるジェンダー差別が減ってきた。でも、障がい者はいまだにそのダイバーシティの中に含まれないことが多い。

「長年にわたり障がいは、病気や死、変形と同じように“醜い”ものとして扱われてきました」と話すのは、障がい者向け自尊心向上プログラムを提供する非営利団体『Give Beauty Wings』設立者で、ダイバーシティ・インクルージョン・スペシャリストのシーアン・ホーン。
「ですが、美容業界には、望ましい何かを作って売ろうという強い向上心があります」
幸いにも変化は実際に起きていて、商品を作るにあたりいままでよりも多様な体を考慮するメーカーが増えている。


真実:ほとんどの商品は万人向けに作られていない

腕や手、頭や首に障がいがある人は、メイクやスキンケア商品の使用が困難。メイクアップアーティストのヴェロニカ・ローレンツによると、これは美容メーカーが商品開発の段階で考慮に入れるべき事実。
元フィギュアスケート選手でメイクアップ・アプリケーターブランド『Beauty­blender』共同設立者でもあるローレンツは、良性脊髄腫瘍によって両手の手先が器用に使えなくなった。
キャップをひねって外したり、アプリケーターの底を回してリップを出したりといった動作には、大きな困難が伴う。アイライナーを真っすぐ引くのは誰にとっても至難の業。でも、ローレンツいわく、運動障がいを持つ人にとっては、それが一段と難しい。
根気がいるのは、もちろんメイクだけじゃない。デオドラントや保湿液、日焼け止めを塗るのも骨の折れる作業。ローレンツは、スプレータイプの日焼け止めを持って押すことができないため、柔らかいスポンジでトントンたたくように塗っている。

視覚障がいも単純明快な作業を難しくする。

「盲目の人もメイクはします」と話すのは、モデル、女優、ポッドキャストのコ・ホストの肩書を持ち、数々のファッション・ビューティーブランドのアクセシビリティ・コンサルタントとしても働くナタリー・トレヴォン=グロス。
「自分を可愛く見せたいですし、人前での自分の見た目を気にしますから」と語る彼女自身も目が見えない。
デイクリームとナイトクリームの区別がつけられない状態や、メイクアップのチュートリアル動画が観られない状態で、その商品の効果効能が最大限に引き出せるとは限らない。

jaleesa graham
Mikael Schulz
jaleesa graham with the quote i am a woman a model an actress and a foster and adoptive mom i am so much more than my disability


「私は女性であり、モデルであり、女優であり、里親や養母でもあります。私は自分の障害をはるかに超えた存在なのです」ジャレッサ・グラハム

チェンジメーカーの登場

美容業界における有効なソリューションの多くは、言うまでもなく、障がいを個人的によく知る人たちが生み出してきた。良性腫瘍を取り除くための脊髄手術を繰り返した結果、クライアントの目に自社のアイライナーを引くのが難しくなってきたとき、ローレンツはメイクアップアーティストしての余命が短いことを悟った。

「最後の手術は本当にダメージが大きくて、両腕と両手の感覚を失いました。壁に文字が彫ってあるのは何となく分かっても、アイライナーを引くのは無理だと思いました」。でも、そんなローレンツにアイディアが舞い降りる。
ある日、撮影現場でメイクアップアーティストとして働いていたローレンツは、アートショップでスタンプを見つけた。そこから生まれたのが『The Vamp Stamp』。このアイライナースタンプを使えば、アイライナーペンシルが握れなくても、手が震えても、左右対称の完璧なキャットアイが描ける。

障がい者フレンドリーなアイライナー、マスカラ、アイブロウアプリケーターを提供するコスメブランド『Guide Beauty』の設立者でメイクアップアーティストのテリー・ブライアントも、パーキンソン病を発症し、メイクに手こずるようになった。

それがきっかけでブライアントは、2年以上のリサーチと100本以上の試作品の末、人間工学に基づいたマスカラ、アイブロウ、アイライナーを世に送り出し、見事に賞を受賞した。
「私たちのミッションは、万人向けのビューティーブランドになることです」と話すブライアントの商品は、さまざまな障がいを考慮に入れて、できるだけ多くの人が問題なく使えるように作られている。

26 percent thats how many people live with a disability at least one in every four people you meet source cdc

世界人口の4人に1人(26%)は障がいと共に生きている

(出所:米国疾病管理予防センター)

消費者からのインプットと企業側の意図が重なると、変化は一気に加速する。障がい者や性転換、がん患者を対象に毎週メイクアップワークショップを開く中で、イギリスのビューティーブランド『Kohl Kreatives』は、よりインクルーシブな企業になる決意を固め、ターゲット顧客に視覚障がい者を加えた。このブランドのメイクアップブラシ『Flex Collection』には、運動障がいや神経障がいの人でも握りやすい幅広の持ち手が付いている。

「視覚障がいがある人の中には、ブラシの識別に苦労するだけでなく、ブラシがカウンターから転げ落ちてしまうのを心配する人もいます」と話すのは、設立者のトリシュナ・ダスワニー。

そこで『Kohl Kreatives』は、カウンターから転げ落ちない四角いブラシを発売した。点字と数字のステッカーが貼ってあるので識別もラク。また、どの商品にもオンラインで再生可能な使い方の音声ガイドがついている。

色素沈着の改善を売りにしていたスキンケアブランド『VictoriaLand Beauty』の設立者、ヴィクトリア・ワッツのターゲット顧客を変えたのは、網膜疾患という珍しい障がいを持って生まれた息子のサイラスくんだった。盲目とされる人の中で点字が読めるのは10%に満たないため、ワッツは非営利団体とタッグを組んで、世界共通の視覚障がい者向け識別システム『CyR.U.S(サイラス)』を生み出した。

このシステムを使用した商品には、文字の代わりにシンボル(一例としてナイトクリームには三日月)が浮き出る形でプリントされているため、点字が読めない視覚障がい者でも、なぞるだけで商品の識別が可能。いま現在、『VictoriaLand Beauty』の全スキンケア商品にはシンボルだけでなく浮き出たQRコードもついており、スキャンして商品の音声ガイドが聞けるようになっている。
「サイラスが盲目の世界で舵をとりながら日々成長していくのを目の当たりにし、サイラスの視覚以外の感覚、特に触覚が“超人的”になっていくのを見ていると、人間の心と体のつながりに畏敬の念を抱かずにいられません。視覚障がいのある顧客も、視覚障がいのない顧客と同じだけ自立して、美が楽しめる世の中を絶対につくろうと思っています」とワッツ。

clemence leleu with quote we are all beautiful while being all different beauty should be about celebrating those differences
MIKAEL SCHULZ

「私たちはみな違い、みな美しい。ビューティーとは、その違いをたたえ合うこと」
クレメンス・ルルー

ドラッグストア革命に火がついた
いまのところ、障がい者コミュニティのために高度なイノベーションを仕掛けているのは、たいてい小規模のブランドか独立系企業。でも、いよいよエンジンをかけ、障がい者コミュニティに大きな期待を抱かせる大手企業が現れ始めた。

「絶大な影響力を持つ大手メーカーと手を組みたいと思っています。美容業界のスタンダードを変えるには、彼らの力が必要ですから」とホーン。
『ハーバルエッセンス』は、親会社『P&G』のアクセシビリティ・リーダーを務めるスマイラ・ラティフの働きで、2018年にシャンプーとコンディショナーのボトルのデザインを変更した。

視覚障がいを持つラティフは、同様の障がいを持つ他の人にも話を聞いて、シャンプーとコンディショナーの見分けがつくよう、ボトルの表面に浮き出た線をプリントするシステムを考案した。『Degree』も、上肢障がい者および視覚障がい者向けのデオドラント『Degree Inclusive』で変化の道を切り開く企業の1つ。
このデオドラントには大きめのローラー、片手で握れるフック状の持ち手、マグネット式のキャップ、点字ラベルが付いている。現在ベータテスト中で、試作品を使用した200名以上の障がい者からフィードバックを集めているそう。そのデザイン過程で『ユニリーバ』と協業したクリエイティブ・エージェンシー『Wunderman Thompson Global』のデザイン&アクセシビリティ部門長クリスティーナ・マロンによると、『Degree Inclusive』の製造過程は、最初から最後まで、これぞ本当にインクルーシブなプロセスと言えるもの。1日でも早く、これが美容業界のスタンダードになるといい。

khadija bari
Mikael Schulz
khadija bari with quote everyone has a right to feel gorgeous which is why inclusive design is a factor manufacturers need to keep in consideration to allow access for all

「誰にでも美しく感じる権利がある。だからこそインクルーシブなデザインは、製造メーカーがアクセシビリティを高める上で考慮しなければならない要素」ハディージャ・バリ

実用性こそ美容業界の未来であるべき

インクルーシブなデザインの恩恵が受けられるのは、障がい者だけじゃない。ホーンによると、もともと障がい者向けに作られたテキスト読み上げ機能も、いまではiPhoneユーザーが日常的に活用している。
「特定のコミュニティにとって便利な物を生み出せば、知らぬ間に多くの人が不便から解放されます」とホーン。
使い勝手を念頭に置いた商品を開発する企業が増えれば、美容業界はセルフラブの必要性を強く感じている人々の、良き友になれるはず。

オンラインショッピングは不可能も同然?

ファンデーションの色味を画面上で合わせる必要性を考えれば、オンラインで化粧品を買うのも視覚障がい者にとっては難しいこと。でも、最近のウェブサイトには便利な機能がついている。その一例が代替テキスト。これは、購入する商品の色味が間違いなく分かるよう、写真のイメージを事細かに文字で説明する機能。トレヴォン=グロスによると、オンラインショップのウェブサイトでは、スクリーンリーダー(コンピューター上の文字データを音声データとして読み上げるソフトウェア)を使う視覚障がい者が迷子にならないよう、ボタンとリンクが識別可能な状態になっていなければならない。「真のインクルージョンとは、購買過程の全ステップで人々の能力が考慮され、アクセシビリティが後からではなく最初から約束されていることです」とグロスはいう。

日本でもインクルーシブ・ビューティへの動きが始まりつつある

上記、アメリカ版ウィメンズヘルスの記事ではヨーロッパやアメリカでの事例を紹介しているが、日本でもアデランスが、視覚障がい者の発案から生まれたユニバーサルデザイン(UD)化粧パレット>『BLINDMAKE UD パレット(ブラインドメイク ユーディー パレット)を2020年9月に発表、オンラインで販売するなど、大手企業が障がい者の美容について、目を向け始めている。今後、この課題に取り組む企業が増え、どんな障がいがある人でも、スキンケアやメイクアップを楽しめる世の中が訪れることを、願いたい。



※この記事は、アメリカ版ウィメンズヘルスから翻訳されました。

Text: Mara Santilli And Photographed By Mikael Schulz Translation: Ai Igamoto

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From: Women's Health US
Headshot of Mara Santilli
Mara Santilli
Mara is a freelance writer and editor specializing in culture, politics, wellness, and the intersection between them, whose print and digital work has appeared in Marie Claire, Women’s Health, Cosmopolitan, Airbnb Mag, Prevention, and more. She’s a Fordham University graduate who also has a degree in Italian Studies, so naturally she’s always daydreaming about focaccia.