一足のシューズから子供の夢が広がり、社会が変わる。高橋尚子さんの挑戦とは?

30 May 2018

一足のシューズから子供の夢が広がり、社会が変わる。高橋尚子さんの挑戦とは?

現役引退後の2009年、「ソトコト サファリマラソン」の立ち上げに参加し、同時にシューズを途上国へ贈る「スマイルアフリカプロジェクト」をスタートした高橋尚子さん。ゲストとして参加するマラソン大会でも多くの参加者たちに元気を与えてきた彼女の活動と、その思いをインタビュー。

ケニアで目の当たりにした、命を守る「防具」としてのシューズの大切さ

高橋さんが「スマイルアフリカプロジェクト」のシューズ回収プログラムを発案したきっかけは、ケニアの子供たちを取り巻く現実を知ったことからだった。 

「ケニアでマラソン大会を開催することになったとき、せっかくケニアに行くならば、他のこともできないかとケニアのことを調べてみると、アフリカの国々ではまだ靴を履けない子供達がたくさんいるという事実を知りました。私にとって靴は一緒に戦う同志であり、体の一部と言ってもいいほど大切なもの。途上国ではそれを履けないことによって、小さな傷から破傷風などの感染症で命を落とすことも少なくないという事実を知りました」

「子どもは成長していきますし、日本ではまだ履ける状態だけど履かなくなった靴がたくさんあります。そういう靴を集めて届けることで、アフリカの子どもたちが笑顔になって、スポーツを始めるきっかけになればと思い、シューズを回収してケニアに贈るプロジェクトを考えました」

高橋さんが世界最大級のスラム「キベラ」を初めて訪れたときに、目の当たりにした光景は今でも忘れられないそう。それは、ゴミが5センチくらい積もり、動物の糞やガラスの破片も落ちている地面を子どもたちが裸足で走ったり歩いたりしている姿。

「 病院では切り傷のような小さな怪我をした子供が集まっていたり、中には傷から病原菌が入り足を切断した青年もいました。その時、靴というのは楽しく走り回るための道具だけでなく、命を守る防具なのだということに気づかされました。それが始まりです」


1足のシューズが子どもの夢を育み、大人たちも変わっていった

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「ソトコト サファリマラソン」はハーフマラソンとジュニアの部の2部門。ジュニアの部は一般の子どもたちだけでなく、靴を贈ったキベラの子どもたちや施設の子どもたちも招待している。 

「今年で10年目なのですが、年を重ねるごとに、楽しく、命を守るだけでなく、靴を得ることによってもっと速く走りたいという子どもたちの夢を育むことができています。キベラの中でランニングチームができたり、子どもたちが一生懸命走っているのを見て、周りの親たちが200人から300人集まって清掃活動をすることもありました」

「大会を始めて4年目には、スラムから出場した子が2位、4位、7位と入賞を果たしたんです。するとメディアに取り上げられ、それを見て他の子どもたちも“自分たちも頑張れるんじゃないか”と夢がどんどん伝染していったんです」

「最初から携わっている子どもたちも、“尚子は1年に1回しか来られないけど、僕が365日、周りの子どもたちに走ることの楽しさや夢を持つことの大切さを伝えていくね”と言ってくれました。一人一人が前を向き、考え、同じ気持ちで前進するということが根付いてきたと思います」

初めて大会を開催した年に高橋さんに「陸上選手になりたい」と語っていた少年は、「自分には両親がいるけれど、両親がいない子もいるのだから、将来はそういう子どもたちを支援できるようになりたい」と言っていた。その後、病気で父を亡くし、母も火事を起こして彼自身が施設に入ることになってしまったという。

「そんな辛い状況なのに、“僕はお父さん、お母さんと離れ離れになってしまったけど、僕には靴がある。靴にはたくさんの日本の人たちの思いがこめられているから、陸上はやめないよ。友達をたくさん作って前を向いていくからね”と私に話してくれたんです。靴を贈る日本の子どもたちは日本語でメッセージを書いて靴に入れます。するとあちらの子どもたちはなんて書いてあるの?と聞いてくるんです。日本の子供たちの“ケニヤの子達の役にたちたい”という思いが込められた靴だから、彼らの力になっている。2年目に同じところに行ったら、親指も中指も穴が開くほどに使ってくれていて、ものを大切にする思いは、私たちが彼らから学ぶことのひとつだと実感しました。与えるばかりがチャリティじゃないんです」

スタートして10年間で届けた靴は93000足。1足を送るのにかかる費用は2000円以上と決して安くはない。それでも企業や会員のみなさまからの支援を受けて続けている。


スポーツの力は「できる」「つながる」「ステップアップ」

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高橋さんが考えるスポーツの力は、「できる」「つながる」「ステップアップ」という要素。

「スポーツは、できなかったことが一つずつできるようになっていくことで自分の可能性を感じられたり、自信につながります。つながるという意味では、国籍も人種も年齢も関係なく楽しめるというところが魅力ですね。私がオリンピックの舞台で戦ったシモン選手には、引退後も1、2年に一度は会って交流しています。オリンピックでは金メダルも獲得できましたが、一番の財産は人との繋がりだと思っています」

「また、30代、40代になると新しい友たちを作る機会が少ないと思うのですが、マラソン大会をきっかけに友だちができたりと、人との繋がりを広げる機会がたくさんあるのもスポーツのいいところ。そして、目標を立ててクリアする為に努力し、一歩一歩新しい世界を見るために自分を高めていけるというのもスポーツの力かなと思います」 

そんな高橋さんは、走ることがとにかく楽しくて、現在もランニングが生活の中心にある。年に2、3回は休暇としてボルダーで合宿を行い、毎日20キロ以上を走って体を整え直しているという。そんな風に走ることを「楽しい」と思い続けられる秘密は、現役時代からの習慣にあるという。

「現役時代、監督の練習は辛かったのですが、それが終わった後の1時間、自分が走りたいように走る時間を必ず設けていました。たとえ40キロの練習の後でも、「遊んできます!」と走りにいく。自分が気持ちいいペースで好きなように走るのは楽しくて、すると走り終わった時に「あー楽しかった」という思いが残るんです。今は監督の練習が会議や取材などに変わっただけで、その後の「遊んできます」という時間は変わっていません。今の住まいも、通勤に時間がかかったとしても走りたいとき思う存分走れる場所に構えています」


マラソン大会参加ランナーの95%とハイタッチすることを目標に

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自分が楽しいからということ以外に、高橋さんがトレーニングを続ける理由はもうひとつある。それが、ゲストとして参加したマラソン大会で95%の参加者とハイタッチするという目標。

「1回の大会で多いと25000回くらいハイタッチするんですが、声を出しながら笑顔で走り続けないといけないので、それを軽々とこなす為には力をつけておきたいと思っています。どうしたら全員とハイタッチできるか、大会前には綿密に作戦を練っています。走り終わった時には、すべてやりきったと思えるくらい充実しているので、それは現役の時と同じですね」

「現役時代はタイムや順位を求めてきましたけど、普通に走る時には自分と向き合う時間になっています。自分に問いかける時間ですね。瞑想をする時間って今の社会でなかなか取れないと思うんですが、マラソンだと向き合いながらどんどんポジティブになっていくので、いい形で結論を導くことができ、私にとっては大切な時間です」

高橋さんがゲスト参加するマラソン大会に参加すれば、きっと走る楽しさを全身で体現する彼女の笑顔にパワーをもらえるはず。スマイルアフリカプロジェクトも個人での支援を受け付けているので、ぜひサイトをチェックしてみて。

https://www.sotokoto.net/smileafrica/index.html

Photo : Kento Mori

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