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きついトレーニングをした翌日に、体に筋肉痛が走った。痛みをこらえながら「今回のトレーニングはいい内容だった」と、満足したことはないだろうか。あるいは、アスリートよろしく、アイスバスに入るのと同じように筋トレ後に冷水に浸かったことは? けれど、これらの真偽はどうなのだろうか。ネットの情報の海に氾濫するさまざまなトレーニング情報。最終回の今回は、アスリートの指導を手掛ける気鋭のストレングス&コンディショニングコーチ、河森直紀さんにその内実を伺った。さらに河森さんが指摘する、ネット時代だからこそ気を付けたい「情報の取り入れ方」とは?

つらい=いいトレーニング、いい結果が出るわけではない。疲労とつらさへの誤解

前々回、トレーニングする「目的」を自分に問い直そう、という提案をしてくれた河森直紀さん。

「誤解する方が多いかもしれませんが、疲労が残る、きついトレーニングが良いというのはナンセンスです。何を疲労と定義するのかということもありますが、本来は“副産物としてのきつさ”なはずです」

これは一体どういうことだろうか?

「トレーナーの中には、とりあえずクライアントにきついトレーニングをさせて追い込むことを目的としているかのような人たちがいます。また、アスリートの中にも、限界まで追い込まれないとトレーニングをした気にならなかったり不安を覚えたりする人たちがいます。

しかし、かならずしも『きついこと』が体力向上のために必要なトレーニング刺激というわけではありません。もし、『きついこと』さえやれば体力が向上するのであれば、たとえば、廊下でバケツを持って何時間も立たされているだけでも体力が向上することになってしまいます。

あくまでも、筋力向上や筋肥大のために必要なトレーニングの内容を考えて実施した時に、結果としてきつい場合が多いというだけです。『原因』としてのきつさではなく、『結果』としてのきつさということです。

目的によっては、軽めの強度でトレーニングをすることが重要な場合もあり、そういうケースにおいて、物足りないからといって勝手に強度を上げて、トレーニングをきつくしてしまうと、逆に狙ったトレーニング効果を得ることができなくなることもあるのです。

『きつさ』だけでトレーニングの良し悪しを判断するのはとても危険なことです」

筋肉痛=いいトレーニングは果たしてホント? 乳酸にまつわる誤解とは

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そして同様に、トレーニーたちの間でいまだに広がっている「筋肉痛が出るのは良いトレーニングの証」という感想。これについても河森さんは冷静に答えてくれた。

「一般の方が筋肉痛と呼んでいるのは運動後、翌日から数日して遅れてやって来る痛みを指すことが多く、正式には遅発性筋肉痛(ちはつせいきんにくつう)と言います。これは筋肉が伸びながら収縮する『エキセントリック収縮』が行われる、エキセントリックトレーニングをしたときか、今までに体験したことがないトレーニングをしたときに起こりやすいとされています」

しかし、「筋肉痛=いいトレーニング」という指標に使うべきではない、と河森さん。

「痛みがあれば、その日のトレーニングに影響します。また、その後のトレーニングの質にも悪影響を及ぼします。痛みが出ることで、トレーニングに対するネガティブなイメージを持つ方もいるでしょう。

筋ダメージと筋肥大効果は全く関係がないわけではなさそうですが、そもそも筋肉痛と筋ダメージには関係がないことが研究によって分かっています。個人的に筋肉痛が好きで、筋トレのときに出てほしいというのはご本人の自由です。ですが、アスリート指導や競技のためのトレーニングという観点から考えると、筋肉痛を指標にするのはむしろ危険だと思います」

筋肉と筋トレについて、もっと詳しく知りたい人は河森さんのブログへ>>>

さらに河森さんが教えてくれたのは、アイスバスの効用について。ラグビー選手などが試合後などに氷水に浸かるリカバリー浴で、疲労回復に役立つとされている。これも目的によっては逆効果になりうるということも最近、分かってきたのだとか。

「激しい運動量の試合後等にできるだけ早く疲労回復を図りたいのであれば、アイスバスの効果は期待出来ます。ですが、筋トレの後にアイスバスに入ると、トレーニング効果をむしろ阻害してしまうと言われています」

また、誤解が多いといえば、乳酸。かつては疲労に関係すると考えられていた物質。いわゆる「疲労物質」と揶揄され、疲労の原因とされていた時代もあった。

「筋肉を動かすときに必要となるエネルギーをつくり出すために、体内の糖が分解される際に乳酸が発生します」

ところがこの乳酸、悪者どころか近年ではそのメリットも分かってきた。

「乳酸が疲労の抑制に関係したり、ミトコンドリアに取り込まれてエネルギー源として利用されたりします」と河森さん。

「乳酸が疲労物質とされていた時代は、運動中と運動後の疲労について乳酸などでしか計測できないから起きた誤解なのかもしれません。現在では乳酸をめぐる体内の細かい仕組みも分かっており、疲労物質ではないことが分かっています」

こうした運動やトレーニングにまつわる誤解、間違った情報の発信について河森さんは警鐘を鳴らす。

「誰が、どのような内容で発信しているかを、受け手もきちんと精査することが必要だと思います。中には指導者やトレーナー、運動生理学を学んだはずの人でも間違った情報を発信していることも。

競技やトレーニングは体や健康にも直結します。そのためにも、情報の取り入れ方、フィルリングにも気を配ってほしいですね」

つらさ、筋肉痛、乳酸……。どれも正しい知識を知れば分かることで、中にはトレーニングの成果や質を左右する要素も。そのためには情報の真偽や発信者に気を付けたいもの。ネット時代だからこそのお約束。



Photo:Getty Images

Headshot of 河森直紀さん
河森直紀さん
ストレングス&コンディショニングコーチ

早稲田大学人間科学部スポーツ科学科卒業。米・Midwestern State University大学院修士課程修了、豪・Edith Cowan Universityの大学院博士課程修了。シンガポールの政府機関、Singapore Sports Council(現Sport Singapore)にS&Cコーチとして着任し、シンガポール代表アスリートのS&C指導を担当。帰国後は国立スポーツ科学センターで日本代表選にトレーニング指導などを行う。研究とトレーニング指導の二つの軸を持つ稀有なS&Cコーチとして、その発言に注目が集まる。著書に『ピーキングのためのテーパリング‐狙った試合で最高のパフォーマンスを発揮するために‐』(ナップ)がある。ブログ S&Cつれづれ Twitter @kawamorinaoki